前話【P122】 【P124

 ――違う、こわいのはエヴァディザードなんだ。あなたをさらうって、本気だった。どういうつもりなんだ――
 その懐に踏み込んだが最後、捕らわれて、本当にさらわれる気がした。
 シルクは真っ向からエヴァディザードを見据えると、気を鎮め、完全に気配を断って、剣を構え直した。獲物に狙いを定める、若い雌豹のように。
 それを受け、エヴァディザードもまた、すっと、長刀を下段に構えた。

 ――下段?
 あまり、見ない構えだ。
 あえて隙を見せ、誘うのか。だとしたら、読み違い、侮りだ。
 シルクはふっと微笑んだ。
 斬り込むべく、地を蹴った。

 ヒュッ
 一呼吸で間合いを詰め、エヴァディザードに襲いかかった。
 優美な細身の剣の切っ先が、弧を描く。
 けれど、影が交錯した瞬間、シルクは凍りついて動きを止めた。
 シルクの間合いを、踏み込んだエヴァディザードがさらに詰めたのだ。その長刀が、ぞくりとした時には、首筋に押し当てられていた。
 首を落とすための。
 エヴァディザードの構えは、影が交錯した瞬間にも、相手の首を落とすためのものだったのだと。
 降伏する猶予も与えず、命を断つ。
 そのためのもの。
 それは、死をもたらすため、そのためだけに、極められた剣――
 剣を、人を護るため修めてきたシルクにとって、覚えた敗北は、信じてきた世界を瓦解させるものだった。
 極められた、命を獲りにくる剣に、何かを護るための剣で、立ち向かうことなどできない。敗北より、突きつけられたのは、その事実。
(こんな――)
 エヴァディザードの指が、ふいに、シルクの髪を絡めた。
 長刀の刃を、喉元に突きつけられたままだ。
 シルクはぞくっとして、エヴァディザードを見た。
(まさか、さらうなんて、本気のはず――)
 動けないシルクの唇に、エヴァディザードのそれが、触れた。
「っ……!」
 長刀を突きつけていた腕が、背中に回って抱き締め、二度目の口付けがシルクを捕らえた。
(――そ、嘘っ……苦しっ……!)
「んんっ!!」
 混乱し、小刻みに震えるシルクの腕を、エヴァディザードが引いた。
(えっ……!?)
 それは多分、ごく、短い間の出来事だった。
(あ、た、退場……!?)
 異様などよめきに、シルクははっと、会場を振り向いた。
 合意なしでの行為だと、誰も、深刻に疑う様子はなかった。
「!」
 謀られたのだと。
 エヴァディザードがあえて、この場所を選んだこと。
 どこか、興を帯びた黒曜の瞳が、その事実を肯定していた。

≪ 2005.11.05更新 ≫

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【C】「エヴァ、――エン婆様の指示か」 退場門で待ち受けていたメイヴェルが、穏やかではない瞳の色で、エヴァディザードに問うた。
【D】「シルク――」 退場門に、何もかも知っていたようなサリが、待ち受けていた。サリの微笑みは、神さえ、恐れないかのようだった。