前話【P083

 シェーン、本気なんだ。
 その気もないのに、気を持たせるような残酷な真似、できない。
「追わないのか?」
 静観していたエヴァディザードが、口を開いた。
 シルクはこくと頷いた。
「シェーン、あんなでも、本当はとても、誇り高くて潔い人です。その気もないのに、追うような真似――同情で追うような真似は、シェーンを貶めます。ぼくだったら、馬鹿にするなって怒るから」
 エヴァディザードが切れ長の、黒曜の目を細めた。
「好ましいな」
 少し驚いたシルクに、好きな姿勢だと、エヴァディザードが率直に、飾り気のない言葉で感想を述べた。
 慣れない褒め言葉に、シルクが少し途惑うのを、エヴァディザードが首を傾けるようにして、どうしたと見た。
 近寄りがたい印象の、メイヴェルにも引けを取らない風格のエヴァディザードだ。こういった、本心でなければ人を褒めない感じの人に褒められるとは、シルクは思いもしなかったから。
「あの、試合、負けません……!」
 とにかくと気を取り直し、そう言ったシルクを、エヴァディザードがフと笑った。
 ――ええっ!?
「ちょっと、今の、試合したら絶対に負けない笑い!? 今、ぼくなんかに負けないと思った!?」
 まともに、エヴァディザードが失笑した。
「すまない、その通りのこと思ったな」
「な、ぬわにぃーっ!?」
 うっわー、ムカつく!
 無愛想な人だと思ってたのに、ここへきて、声立てて笑うか!?
「ほほおう」
 シルクはやおら低い声を出すと、
「それはそれは、負けたらどうしてくれるんでしょうね……! 年少のうら若き姫君に負けたりしたら、カイム・サンドの剣士として、名折れってものだよね……! 笑ったな!? 完膚なきまでに負かしてやるから!」
 エヴァディザード、笑ったはずみに、目の端に涙まで浮かべている。
「なぜ笑うーっ!!」
 ふいに、笑いをおさめたエヴァディザードが切り返した。
「あなたが負けたら、どうするんだ……? 自信があるなら、何か賭けよう」
「なっ、自信だって!? ぼくだって同じ第二シードだ、そうそう負けるもんか!」
 エヴァディザードはなお、楽しげな笑顔だ。
 もう笑いすぎ! それ侮りすぎ!
「――なら、あなたを賭けて」
「あー、いいだろ! そうかよ、ぼくを賭…………て、えぇえっ!? ぼくってなにっ!?」
 エヴァディザードときたら、動揺するシルクの様子に、見る者の目に心地好い笑顔を見せて、言い換えた。
「負けた方が相手を認める。それでどうだ?」
「……よ、よし、乗った!」
 び、びっくりした、びっくりした、ああびっくりした。
「し、心臓に悪い冗談やめて!」
「そうか? 本気でもいいが」
 ――えぇっ!?
 聞いていたメイヴェルが、口を挟んだ。
「エヴァ、随分、シルク皇女が気に入ったな」
 ――それ、違うと思う!
「ええ」
 ――だからそれ、違うと……なにィっ!?
『まあ、シルクちゃんてばお無謀さん♪ 最年少優勝候補のエヴァちゃんに挑むなんて!』
『あら、親戚のお兄ちゃんに遊んでもらっているだけよ』
『え〜っ。ララ、シルクちゃん本気だと思うの〜☆』
『そうかなあ。じゃあ、リリは、エヴァちゃんが勝つ方に、シルクちゃん人形を賭けるわ☆』
『やん。ララもエヴァちゃんが勝つ方に賭けるよぅ〜』
 波打つ金髪のララ人形。
 冴え凍る銀髪のリリ人形。
 精巧な造りのララ人形とリリ人形を取り出して、唐突に人形劇して見せたのは。
「ちょっと、サリ王子っ!」
「何かな?」
「いや、何かな、じゃなくて……! 最年少優勝候補はぼくだし、ぼくが負けるって決めつけて、へんな茶化し方するのやめて下さい!」
『たいへん、シルクちゃん知らないのかしら!?』
 ララ人形があわてる。
 ――て、何を!? 人形仕舞え!?
『ああ、不憫なシルクちゃん……! 同じ第二シードでも、かたやエヴァちゃんは、枠の都合で第二シードになっただけ、その実力たるや、第一シードのサリちゃんにさえ匹敵するのに! 過去の公式試合でサリちゃんを負かした既成事実さえ、あるのに〜!』
『ああ、それは言わないで、ララ。事故みたいなものだったのよ。だって、サリちゃんは魔法使い。本職の剣士さんと、なぜか剣の試合をしなくちゃならなかったんだもの! どうして、剣術試合って剣の試合なのかしら!? 魔法使ったっていいのに、反則だと言われるのよ〜!』
『かなしい、かなしいよね、リリ! でもララ、剣術試合だから、剣の試合なんだと思うのよ。そしてそんなエヴァちゃんは、今をときめく十七歳。シルクちゃんの方が年少だけど、シルクちゃんは優勝候補じゃないから、エヴァちゃんが繰り上がりで最年少優勝候補なのね』
 どこから突っ込もうかと、震えるこぶしを握り締めて抗議の意を表明していたシルクは、はたと、目を点にした。
「え……? 十七歳……?」
 まじまじと、エヴァディザードを見た。
「う、うそぉっ!?」
「……?」
 その落ち着きでその長身でその風格で!?
 そういえば、今まさに、割とあっさり挑発に乗ったっけ……!?
 がーんがーんがーん。
 メイヴェルがクスクス笑った。
 エヴァディザードがいくつに見えるんだ? と、首を傾げた。
「ぼ、ぼく十六歳なんだから! 十七歳ならほとんど同い年だよ! 絶対、違うんだから!」
「……」
 よよよと、ララ人形が泣き崩れた。
『無邪気って残酷、若々しいエヴァちゃんつかまえて、あんまりな言い種だと思うの。エヴァちゃんだって、十四歳か十五歳みたいなシルクちゃんに言われたくないよね〜? リリ?』
『うん、うん、言われたくないよぉ。エヴァちゃんは、身ごなしと風格と思慮深さと長身以外は年相応よ。どこもかしこも未発達なシルクちゃんとは、一味違うと思うの!』
「サ・リ・王・子・!」
 シグルドの秘宝、神秘の蒼の瞳ミステリアス・ブルークリスタルのサリが、涼しげな様子でシルクを見た。
「何かな? シルク」
 ――くっ! サリ、いつもいつも、そうやってはぐらかすっ!
「誰が未発達ですか!」
 ララ人形とリリ人形で、同時にシルクを指して見せて、楽しそうにサリが笑った。
「試合は二時間後に。エヴァは強いよ、全力で挑んで、楽しませてもらっておいで。もしもシルクが勝ったら、欲しがっていた勇者の指人形をあげようかな」
 ――ええっ!?
「それ、ほんとに……?」
 覗き込むようにうかがうと、微笑んでサリが頷いた。
 ――わあ、サリ王子お手製の指人形……! 欲しい、うわ、勝たないとっ!
 闇にキランと瞳を光らせて、魔のある笑みを見せたシルクを、エヴァディザードが少し、引き気味に見た。

2005.05.30更新

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