「七日ぶりだね、シルク。今日も綺麗だよ」
「シェーン」
シルクからすると、シェーンこそ『今日も綺麗』だと思う。
剣の試合をこなしてきたばかりのはずなのに、一分の乱れもなく盛装を着こなし、結い上げた金の巻き毛も、本当に試合をしたのか勘ぐってしまうほど型崩れしていない。
表情からして、第五試合ともなれば対戦相手も強いだろうに、その試合をなめた態度でこなし、憎らしくも、しっかりと勝ってしまったと見た。どのくらいなめた態度かというと、盛装で出場するくらい、だ。
これ、とんでもない話。オペラじゃないんだから、見た目に映える反面、動きづらい盛装で出場するなんて、なめきってること甚だしい。いや、勝敗を分けるかもしれなくても、シェーンに限っては、譲れないこだわりどころなのかも……?
シェーンは高貴にして華麗なるカムラの貴公子を自負する、シルクの再従兄弟だ。
シルクの幼馴染でもあるシェーンは、彼女なら首を突っ込むに決まっていると見越して、案内役を買って出るべく、迎えに来てくれたらしい。
軽く髪を引かれた気のした、すぐ後に。
「見てごらん、とても素敵だよ」
王城の廊下なので、鏡には事欠かない。立派な装飾の施された姿見に目をやると、いつの間にか、エメラルドをあしらった繊細な銀の髪飾りが、シルクの髪に飾られていた。シェーンは魔法を使えない。けれど、ある意味、本物よりも本物めいた魔法使いだ。
「き、きすはしないでねっ……」
「ふふ、先に、釘を刺されちゃったね」
いやあのほんと。油断も隙もないです……。
シェーンに贈り物をされたら、気をつけなくてはならないのだ。髪の一筋とか、額とか、場所は遠慮しても、あれよという手際で、要領よくキスしてしまう。『シルクが本命だからだよ』とのお言葉ながら、うさんくさいこと、この上ない。
「それよりシェーン、メイヴェルが倒されたって……!?」
「ああ、シグルド側のとんでもない不手際だ。負けてはいないよ。試合が決まって、退場するという時に毒針でね。至近距離から、小さな筒で吹くものだ。卑劣な武器さ」
「えっ……でも、試合が終わってからじゃ、負けは負けで、意味なくない?」
「……シルク、君、反則肯定派だね……いや、いいんだけど。言ったろう? シグルド側の不手際だと。禁止の毒針をやすやすと持ち込ませただけじゃない、今日の、メイヴェルの対戦相手、本物は遺体になっていたようだ。暗殺者と入れ替わっているのに気付かず出場させたとはね。お粗末にも程がある」
「それって、暗殺者を雇った、悪者がいるの!?」
シェーン、ちょっとがくっとする瞬間。
「……いるよ」
「やっつけてもいいの!?」
「シルク、危険なことはおよし。姫として、褒められない。メイヴェルに毒針を放った者は、メイヴェルが一刀の元に斬り捨てた。だが、処置が遅れるか、毒針が急所に入っていれば、殺されていたのはメイヴェルの方だ。――暗殺など不可能と言われた砂の国の族長を暗殺しようとする者達だ。そうでなくても君の家系は暗殺されやすいんだから、この世で最も危険な命の取り合いになど、参加して欲しくないね」
「え〜……」
「そこ。文句をお言いでないよ」
「え〜。え〜。」
少々、シルクを冷たく見て、その後、シェーンはひどく艶やかに笑ってみせた。
「キスして黙らせるよ?」
「……ごめんなさい、悪かったです。黙ります。キスはいりません……」
ちょっと、青ざめてシルク。
「うん、いい子だ」
にこやかに微笑むシェーンに、シルクは「あっ」と、思い出したように手を打った。
「そうだ、シェーン、当たったら反則使っていい?」
「……シルク、君ね……」
沈痛な面持ちで、ちょうどいいハンデかもしれないけどねとか、つぶやいたり。シェーンって自信家。
「――まあ……来月が母上の誕生日だから……プレゼントを探すのに、付き合ってくれるならいいことにしようかな? 私より、シルクがプレゼントした方が、母上は喜ばれるからね」
シェーンの母親は、シルクの母親にご執心で、実の子よりシルク達の方が可愛いらしい――という、もっぱらの評判だ。ぐれないシェーン、えらい。
「ん、わかった。ふふ、シェーンのそういうとこ、好き」
「光栄だね。私も、君の愛らしくて、何を言い出すかわからないところが好きだよ」
「……シェーン、なんか、シルクはいちみりも褒められた気がしないです……」
「切り札の褒め言葉は、取っておかないとね。付き合ったら、囁いてあげるよ」
シェーンと話していると、妙に疲れるシルクだ。
「着いたよ」
王宮の奥、客間らしき部屋の前で、シェーンが立ち止まった。軽くノック。
「シェーン・アストライーゼル。エヴァディザード殿に、面会したがっている姫をお連れしました」
わっ、いきなりっ!?
扉が開いて、昨日の試合で見た剣士が姿を見せた。
間近に相対すると、さすが、どこにも隙がない。
艶やかな黒髪や、深みのある黒曜の瞳が、均整の取れた風貌とあいまって、孤高の鷹のような印象を与える。エヴァディザードだ。
「あの、シ、シルっ……」
人見知りはしない方なのに、ひどく緊張してしまい、シルクは一度、深呼吸した。
「突然、ごめんなさい。シルク・ライゼルファンです。今日、あなたと試合予定だった――」
エヴァディザードの瞳が真っ直ぐに、シルクを見た。知的で深く、測れない。
ただ、静かにうなずいて、用件はと、彼女を促した。
「あの、メイヴェルさんのこと、それと、不戦勝ってこと聞いて……。エヴァディザードさんは、納得行かれてるのかと思って」
険しかったエヴァディザードの表情が、やや、和らいだ。