◆ 雪月花の物語 ◆


 カタン……

 夜明け前、アルベールは人知れず、小さな祈祷室に足を踏み入れた。
 聖アンナ神殿には、もちろん立派な大聖堂もあるのだけれど、罪人の身で、そのような場所に足を運ぶのは、はばかられたのだ。
 彼には、この小さな祈祷室でいい。
 両親が罪人として首を斬られてから、つらいことなら、たくさん――
 彼は会ったことがないけれど、この神殿には、天使が棲むという。
 アルベールは静かに両手を組むと、聖アンナに願った。
 明日、彼は戦地に駆り出される。
 命を落とすかも知れない。
 彼が死んでしまったら、彼の大切なシルフィスとセデスは、どうしたらいいのか。
 誰かに、彼の代わりに二人を守って欲しい。
 欲張ってもいいなら、彼と一緒に、二人を守ってくれる友人が欲しい。
 彼を対等な人間として見てくれる、彼と同じようにシルフィスとセデスを愛してくれる、信頼できる誰か――
 叶うはずのない願い。途方もない願いだ。
 ただの友人さえ、レダスの罪姓に落とされてからは、出来なかったのだから。
 彼やシルフィスに手を差し伸べるということは、それ自体が、カムラ皇室に逆らい命を懸けるということだ。
 誰が、赤の他人のために、そんなことをしてくれるだろう。

 それでも、もしも、そんな友人を得られたなら――

 あまりにも、都合のいい願いだけれど。
 都合の悪い、理不尽な不幸ならたくさん味わってきたのだ。
 たった一つ、叶えて欲しい。

 彼の大切なシルフィスとセデスが、どうか、幸せになれますように――

 夜が明けて、一日の最初の光が、清らかな光が小さな祈祷室にも差し込んだ。
 その光を受けて、聖アンナの象徴である祈祷室の小さなクリスタルが、彼に応えるように瞬いたことに、夜明けの空を見ていたアルベールが気付くことはなかった。