一
雪が降っていた。風に、時折屋根がギシギシ軋む。夜。
「沙羅、水晶失敗?」
私室を出てきた沙羅に、梓が聞いた。
「失敗。外でどさって音がして……」
梓はつい、ちょっと笑ってしまった。
「沙羅、驚いたんだね」
「驚いたよ。それより、今笑ったな?人の失敗喜んで……」
沙羅はぐいっと梓の髪を引っ張った。
「痛っ。痛っ。ごめん、だって〜」
ギシっ
二人は同時に天井を見た。
「大丈夫かな」
梓が言った。
「……わからない。こんなに積もるの初めてだから……」
「……私、雪、下ろしてくる」
「梓!?」
梓は手袋をはめてコートを着ると、早速表に出た。家の明かりが表を照らして、まるで絵に描いたような光景だった。
「梓」
さすがに女の子だけに雪下ろしなんてさせられない。とはいえ、ここで一人で下ろそう、と思わないあたりが沙羅らしい。
「沙羅、見て。すごく綺麗……。1mくらい積もってない?」
「……壊れるかも」
二人は一瞬顔を見合わせ、あわてて屋根に上った。
「うわあ」
屋根から見下ろすと、ますます感動した。辺り一面雪。木の上も、草の上もみんな雪。梓は満面の笑顔で沙羅を見た。
「沙羅、沙羅、雪がすごく綺麗。私……なんか、すごく嬉しい!!」
沙羅は微笑み返した後、少しげんなりした。
「これ、下ろすのか……」
「ねえ、ねえ、雪玉作ろうよ。こうしてね」
梓はまず小さな雪球を作ると、雪だるまを作る要領で、それを転がし始めた。
屋根の斜面にそって、どんどん転がしていく。
「梓、危な……」
「きゃあっ」
楽しげな悲鳴を残して、雪玉ごと梓は屋根から落ちた。
「梓!」
沙羅があわてて屋根の縁から見下ろすと、梓が下で元気に手をふっていた。
「着地成功だよー!すっごく面白い!」
「〜」
「ねえ、沙羅もやってみない?」
沙羅はしばらく沈黙した後、試しに飛び下りた。
深い雪が出迎える。
「……!」
「どうだった?」
「……びっくりした……」
「楽しい?」
沙羅はちょっと梓を見、それから言った。
「ような気がする」
また屋根まで上って。
「沙羅、沙羅、雪合戦しない? 屋根のこっち側とそっち側で」
「危ないだろう
し」
「う〜……じゃあ、競争しよ。先に反面全部下ろした方の勝ち。勝った方、罰ゲームね。中であったかい飲み物用意しとくの」
「……勝った方が罰ゲーム?」
「だって、負けた方が可哀相だもん。残り一人で雪下ろしって」
いや、確かに……。筋は通っているような、いないような。
「じゃ、私こっち側下ろすね」
「わかった。負けた方の罰ゲーム、後で相手の言うこと何でも聞くっていうのは?」
梓がびっくりした顔で沙羅を見る。
「……何でも聞くの?」
「つまらない?」
「う、ううん、やる!」
梓は早速雪を下ろしにかかった。随分気合が入ったらしい。
「何だかな……」
そんなに熱心な頼みなら、別に何もなくても聞いてあげるのに……。
二
「沙羅?終わった?」
梓は沙羅が屋根のてっぺんに座っているのに気付くと、そう言って寄っていった。
「休んでる。梓は疲れてないのか?」
「ううん、疲れてるけど……風邪ひかない?」
沙羅はいきなり梓を抱き寄せた。
「きゃっ」
しかし、すぐ放す。
「沙、沙羅……?」
「あったかくない。コートがごわごわするし」
ロマンティックなムードを求めた自分がばかだった。現実は甘くない。
一方、梓はにっこり笑った。
「仕方ないよ。だって、雪まみれだもん」
「手が冷たい」
「手……」
皮手袋ではないので、そろそろ雪が染みている。
沙羅は思いついたように手袋を片方外すと、梓にもそうさせた。
「沙羅?」
片手を合わせる。
「少しはましだろう?」
「……」
しばらくそうしていた。
不思議に温かい。
だけれど、何だか落ち着かない。どうにかなりそ……。
「わ、私、続きやろうかな」
梓が言うと、沙羅も仕方ない、という顔で立ち上がった。
「沙羅、疲れてるんなら休んでて?残り、私がやっとくよ」
彼は苦笑してかぶりをふった。
三
「はあー……」
雪をみんな下ろして、お風呂に入って。二人ともすっかりくたびれていた。
二階から持ってきた毛布にくるまって、ふかふかの絨毯の上でココアを飲む。結構快適だ。
勝負は引き分けだった。少しつまらない。
「沙羅、勝ったら何させた?」
「おまえは?」
「……変なこと……内緒」
沙羅は梓がココアを置くのを待って、彼女を抱き寄せた。
「沙、沙羅!?」
「教えて」
「え……ええええええ……ええと」
彼の腕の中、梓は真っ赤になって固まっている。
「あの、あのあの、沙、沙羅は?」
「……抱いてもいい?」
梓は相当混乱しながら聞いた。
「あの、でも、もう抱いてる……よね?」
「そうじゃなくて」
沙羅はきゅっと梓を抱きすくめると、その首筋に口付けた。
「ひゃあっ」
梓が情けない声を出す。
「いや?」
「へえええええええ」
「いや、だから……」
「へえええええええええ」
すっかり言語系統が破壊されている。
「へう」
「え?」
「へうへう、へ、へへええ〜」
「……」
何を言いたいのやら、さっぱりわからない。そうこうするうち、彼女は泣いてしまった。
「梓……」
沙羅は途惑いながら梓を放し、身を引いた。
「……」
梓はしばらくひっくひっくやっていた。
「……沙羅……」
「……何?」
「ごめん……ね。私……」
沙羅は仕方ない、という顔でかぶりをふった。少し笑って梓に尋ねる。
「梓は何を頼みたかったの?」
「……怒らない?」
「……?」
「二階に行くの、めんどくさい……よね?」
「……そうだな」
二階まで運んでほしいとか……。
「あの、あのね、ここで一緒に寝ない?」
沙羅は驚いて梓を見た。それって……。
「……いいよ」
一体、梓の中で彼はどういう位置付けなのか。かなり謎だ。
四
明かりを消して、茶々を加えた2人と一匹で丸まった。まだ雪が降っている。
「沙羅……さっきのこと、怒ってる?」
「え?」
「あの……泣いちゃって……」
沙羅はしばらく沈黙していた。茶々をいじっている気配がある。
「……梓が怒ってないなら怒らない」
「え、本当?私、怒ってないよ」
「じゃあ許してあげる。そのうち、気が向いたら襲うから」
「ひゅくっ」
また変な声。だんだん、沙羅はそれが楽しくなってきた。面白い。彼は一人でくすくす笑った。
「沙羅?」
「梓、水晶使いになる気ある?」
「え?」
「年明けならひまだから、水晶作ってあげようか」
「本当!?でも、私でも使えるの?」
「ある程度はね。誰でも使えるものなんだ。もちろん才能、経験、水晶の差は出てくるけど」
梓はちょっと驚いた。水晶師も水晶使いもずっと、特別な才能なしにはなれないものだと思っていたから。
「沙羅も自分の持ってるのかな」
「持ってない。水晶師は使う力を失ってるんだ」
「そうなんだ……」
「欲しい?」
梓は少しためらって、けれど、素直に頷いた。
「うん、すごく欲しい。不謹慎かもしれないけど、すごくわくわくするよね、水晶使いなんて……何ができるかなあ……」
その時には、絶対に沙羅と一緒に楽しみたい。一人で遊んでも、ちっとも楽しくないから。
よく見えないものの、沙羅が笑ったような感じがした。
「楽しみにしてて。特別の――今までで一番いい水晶、梓にあげる」
「えっ。でも、それなんか……私、崇高なことには使わなそうだし、あまりものの方が気楽だな……」
今度こそ、沙羅が吹き出した。
「じゃあ、じゃあ特別の……あ、あまりものあげる」
よほどおかしいらしく、笑い混じりの沙羅の声。
何だか嬉しくなって、梓もつられるように沙羅と笑った。
茶々がうるさそうにしっぽをふった。