水晶師【テューカ】

一年目の夏

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もくじ

         

完 2000.05.07

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 初夏の日差しを照り返して、緑が眩しく光っている。梓は広い校庭の木陰でぼんやり、空に浮かぶ羊雲を見ていた。空と雲の、青と白のコントラストはなかなかいいと思う。
 木の間を渡る風も気持ち良い。
「何してんの?」
 ふいに、上の方から声がした。
「え?」
 ざざっと、木の上から誰か降ってくる。
「きゃ」
「パーティーには出ないの?」
 紺色の見慣れた制服。同じ学園の生徒だ。頭の後ろで結ったやや長めの長髪が、それなりに決まっていた。はつらつとして、悪そうな顔をした少年。悪そうとは言っても、それは意味のない決まりは守らない、という質のものだ。教師だろうが父親だろうが、怯まず歯向かっていきそうな顔をしている。とはいえ、性格自体は良さそう……に見えた。
 何にしろ梓は一年生なので、知らない人に会ったらまず先輩だ。自然、緊張する。
「えっと……ちょっと、人が多いのは苦手で……」
「へえ、お仲間だね」
 え、と、梓はやや驚いた。
「あなたもなんですか?」
「うん。あーゆーのは好きじゃないね。好きでもない娘と踊って気、遣うのも、しゃれめかして疲れるのも嫌い。行事自体あんまり好きじゃないし。あ、でも気の合った者同士で何かやるのは別かな」
 言いながら、木に寄りかかる。スラリと背が高くて、今さらながら顔も良い。これだけ見目良ければ、パーティーでは花形だろうに。
 梓は素直にもったいないと思った。
 彼女は違う。梓は、ただ場違いだから出ないのだ。
 梓の両親は彼女が十五の時、半年前になるが、馬車にはねられて急逝した。突然天涯孤独の身となった梓が、なぜか名門の天邏家に養女として迎えられたのが三月前――
 伸ばし始めたばかりの焦げ茶の髪は、やっと肩に届いたばかりだ。もとより気品なんてあるわけないし、社交的なことはほとんど知らないし。
 それを抜きにしても、梓はもともと人為的な華やかさをあまり好まなかった。
 となればやはり、養父には悪いのだけれど、気持ち良い木陰で涼んでいたい。
「ねえ、名前なんての?俺は白羽の龍影。クラスは2‐U」
「……」
 やっぱり、先輩だった。
「……どうかした?」
 何やら言い淀むので、龍影は不思議そうな顔で彼女を見た。梓はちょっと迷ってから、腹を決めた。お互い不機嫌なことになるかもしれないけれど、かといって隠していても仕方ない。
「梓です。――天邏の梓。1‐Tの」
「天邏!?じゃあ、あんたが……」
 梓はちょっと困ったように笑ってから、うなずいた。
「へえ、話には聞いてたけど……もったいないなあ。あんただったら、いくらでもエスコートしたがるやついるのにな、絶対。その辺の女よりよっぽど上品だし、性格良さそうに見えるもんな」
「あの……?」
 冗談にしても言い過ぎだ。
「髪だってさらさらだし。あ、まあそれはおまけだけど」
 龍影はいきなり、びしっと指先を梓に突きつけた。
「萎縮しまくり子!」
 梓がびっくりした顔で見上げる。
「当たりだろ?いじめられてんだ、女どもに。前に見た時はすっごくはきはきしてたのに、おとなしくなったよな、おまえ」
 前に見た?
「いつ見たんですか?」
「入学式の時。良さそうなやつ探してたんだ。男女問わずね。あんたも一応チェックした。なんか公園で楽しそうに庶民っぽい子と話しちゃって、気さくな子だなって思ったけど。梓自身庶民だったわけね」
「……」
「気にするなって。たとえ養子だって、天邏ってったらTクラスになる名門だろ?財産本位なんだからさ、この学園」
 そもそも学園は貴族のみから構成されていて、その家の勢力に応じてT〜Vクラスに分けられている。人数的にはUクラスがTクラスの倍、VクラスがUクラスの倍で、Tクラスの者は全学園生徒の七分の一にしか過ぎない。そのTクラスが最も有力な家の子供たちの集団だから、所属する者は相当大きな顔ができるのだ。
 なのに、どうして彼女は――
「わかった!梓、性格いいんだ。大人なんだな」
「え!?」
「だって、結構気は強いってゆーか……あんまり従順じゃないとこあるだろ?初めの頃、社会学の鼎がこぼしてたもん。最近静かになったって言ってたけど。それって、よーするにあれだ。権力笠に着て仲間集めて勢力争いって、そーゆーことする気になれないわけだ。もしかして、人を蹴落とすのはちょっと……とまで言っちゃう?」
「……え……でも、蹴落とさなくても……」
「甘い!贅沢極めるためには必要だって。まあ、庶民には珍しくない発想らしいけどね。とりあえず幸せで健康に生活できればいいって。だけど、それじゃあ貴族社会は渡って行けない」
「……た、龍影さんもやるんですか?それ……」
「実力でね。危なっかしい跡取り持った名家なんて、砂の上の楼閣だよ。クラスなんかより、とにかく信頼おけて頭もいい、度胸もいいやつ探してつるむんだ。もちろん実子だろうが養子だろうが関係ない。梓にはわかんない感覚かもしれないけど、やっぱり家は守って盛り立てたいからね。贅沢したいとかそういうことじゃなくて、俺の誇りにかけてさ」
 一度言葉を切って、龍影はにっと不敵に笑った。
「かっこいい?」
 梓が思わず、という様子でくすっと笑う。
「うん」
 実に素直な意見だ。龍影は大いに満足した。
「俺のことは呼び捨てでいいよ。だいたい梓、Tクラスなんだから。本当は俺の方こそ呼び捨てまずいんだよな。いい?」
「うん。言葉遣いは……」
「タメ。気に入ったやつに遠慮されんの嫌い」
「わかった、じゃあ……」

 ドーン、ポン、ポン

 ダンスの始まりを告げる花火が上がった。
「行って俺と踊る?」
 龍影の誘いに、梓は手を上げて目の前に×印を作った。
「パス。人込みで緊張するの苦手なの。一度倒れた前科者です」

<更新日 2000.04.10>

 

 時節は移ろう。もう、ほとんど真夏と言っていい時期になっていた。放課後、梓は今日も緑の木陰で待っている。2日後からの夏休みの間に読もうと、借りてきた本を早速開きつつ。
「梓!」
「龍影」
 あれ以来、約束するでもなく、何となく互いにここに来て会っていた。梓にとって、それは学園での唯一の楽しみでもあった。
 別に、学園が苦痛なわけではない。ただ、肌に合わないと言うか――結局友達らしい友達といえば、まだ龍影だけだった。梓自身の責任だ。それは自覚している。龍影があの日に言った通り、養女とはいえ名門天邏の令嬢だ。声はかかる。――だが。
『聞きまして?御影の霊珠、昨日あやめ様に逆らいましたのよ。思い知らせて差し上げなくては。梓様も、もちろん協力して下さいますわよね』
 そんなふうに、心底楽しげに言われて。
『……私、遠慮しときます……』
『梓様!?』
 初めこそ、驚かれたり非難されたりもしたけれど。やがて理解されたらしい。梓には、まるで彼らに合わせる気がないことが。
 次第に、同級生たちとは疎遠になっていった。
 けれど龍影もいたし。
 無理してまで、友達を作る気にはなれなかった。
「梓、テストどうだった?」
「まあまあ」
「結果見に行こうぜ」

 百五十人中上位五十人だけが張り出される掲示板に、龍影は喜々として梓を引っ張って行った。普段、ついつい場を盛り上げようと馬鹿なことばかりして見せるから、たまにはそうでないことをしっかりアピールしておかないと。
「はい、梓も俺の名前探して」
 これで五十番以下だったら間抜けだが、そんなことはまずあり得ない。
「わ……」
 梓の口から、小さく驚きの声が漏れた。
 まずまずだ。
 龍影は余裕の笑みを見せて言った。
「感想は?」
「あ、え……えと……」
 梓を困らせるのは好きだ。いちいち真面目に対応するので、見ていて面白い上に可愛らしい。
「あ……すごいね」
 それだけ、言葉にできたらしい。
 それきり困っている。
 龍影が黙って見ていると、彼女はますます混乱の度合いを深めたらしい。何を言ったらいいのか、すっかりわからない様子で落ち着かない。
 龍影は笑って、
「梓は?」
 と聞いた。
「まだ見てない」
「よし、見に行こう!」
 梓の顔がちょっと青くなるのを、龍影はますます面白がって見ていた。まあ、もとより負けるとは思っていない。この7番、という数字を見て、いつぞや付き合う相手の条件に入れた「頭がいい」を勘違いしたかもしれないけれど――もう少し、誤解は放っておこう。
 梓はまたしても引っ張られながら、さすがに緊張していた。成績なんて、まるで見当もつかない。なにしろ去年までいた町の学校に、試験はなかった。学校はあくまで勉強する所であって、すなわち必要な知識を得る所であって。むしろ試験があるのが不思議だ。
 一年の掲示の前まで来ると、梓は下から探していった。
 なかったらどうしよう?
 試験中は特に緊張もしなかったけれど、何だか、龍影に気にされると気になってしまう。これで名前がないのは、結構恥ずかしい――
 しばらく、龍影は掲示よりも梓を観察していた。青い顔で掲示を睨んでいる。どうも、梓は彼に「貴族としてあるべき姿」を見ているらしいので、彼の一言はかなり重い――らしい。わかっていながら、ついついいじめてしまう。反応が本当に可愛くて。
 ない――
 だんだん、梓は焦りを高めてしまっていた。
 ない。
 もう、あと二十名分しか残っていないのに。龍影にどう思われるかと思うと、不思議なほど怖かった。
 怖くて、ちらりと龍影の方を盗み見る。彼はちょっと驚いた顔をして掲示を見ていた。
 やっぱり、ないんだろうか?
 彼からすれば、五十番以内にも入らないなんて、さぞ驚くべきことなのだろう。
 ふと、思い出して気が重くなった。
 試験前、侍女に勉強するように言われて。梓は素直に従ったけれど、侍女は本来なら、Tクラスの者は二十番以内が望ましい――そう言っていた。女子だし初めてのことだから、多少悪くても仕方がないけれど、それでもあんまりひどいと旦那様もいい顔をなさいませんよ、と。
「梓……」
 龍影が呼んだのと、梓が自分の名前を見つけたのは同時だった。
『 17 天邏 梓 』
「あ……」
「やるなー……驚いた」
「……悪くない?」
 自分では判断しかねるらしい。龍影は軽く肩を竦めた。
「悪くない!悪いわけないって。驚いたよ。梓、成績いいんだな」
「あ、ホントに?良かった……」
 心底ほっとした様子で胸をなで下ろす梓を横目で見ながら、
 ――これは、気が抜けないな――
 龍影の正直な感想である。負けられない。
「じゃ、次は校庭!今日の大会出るから、梓ももちろん応援するよな」

<更新日 2000.04.22>

 

 大会は武道のトーナメントで、出場者は8人。既にクラスごとの予選が行われ、絞り込まれた後なのだ。
 しなやかに、力強く。
 ついさっきから始まった試合に、正確には龍影個人に、梓は目を奪われていた。
 一気に間合いを詰め、こぶしを突き入れる。かわされ、突き入れた腕を取られて投げられるが、難なく一回転して着地する。いかにも龍影らしい闘い方だった。性格がよく反映されている。多分、こういうのを正攻法と言うのだろう。技巧的なことはほとんどせず、正直に技の切れと速さで勝負している。
 動く度、後ろで縛った黒髪が舞った。動きも本当に切れが良くて、何だかいつまでも見ていたいくらいだった。はっきり言ってかっこいい。
「きゃーっ!!白様ぁーーっ」
 勝負が決まった途端に、すぐそばから黄色い悲鳴が上がった。梓はくらくらした。
 声を限りに叫んでいる、女子数名。
 驚いた。
 何だろう?これは――
 何だか帰りたくなってくるけれど、まだ見たいし……。
 幸い、まもなく彼女達は静かになった。当たり前だ。いつまでも叫んではいられない。
 しかし、梓はまだくらくらしていた。ついでに、少し不安になった。いや、だいぶ――
 わけもなく切ない。
 何となく、彼が遠い。
「きゃーっ!」
 再び悲鳴が飛んだ。龍影の第二試合。
 梓はただただ見ていた。
 キッと、音が聞こえてきそうな素早い反転。鋭い跳躍、続く攻撃――全ての瞬間が鮮明だった。一種、感動ですらあった。
 ピーッ!
 高い笛の音が会場に響いた。試合終了だ。
 悔しそうに、龍影が立ち上がる。彼は対戦相手と握手をかわすと、去り際こちらに向けて軽く、ちょっと苦笑しながら手をふった。
 途端に脇で彼女らが叫び出す。
 どの娘に手をふったか、で興奮している。
 梓は黙って外に出た。


 

 緑の小道を歩みながら、梓はぼんやり考えていた。
 龍影のことが好き?
 ずっと、彼を見ていられたら。
 今のまま、何でも話せる相手で、笑いかけてくれる相手であったなら。
 どんなにか――
 もしこれが初恋ならば呆れてしまう。よりによって、あんなに競争率の高そうな……。
「やめて……下さい」
 知らない少女の声がした。
「何を?」
 一人のメイドらしき少女が、3人の男子生徒に絡まれていた。
「光栄だろう?メイドの分際で、相手にしてもらえるんだから」
「そうそう、何、気取ってるわけ?」
「押さえろ」
 一人が低い声で指示した。
「やっ」
「逆らうなよ」
 逆らうなら引きちぎる――とでも言いたげに、一人が少女の服に手をかける。
 梓は反射的に飛び出していた。瞳には、見た者がはっとするほど真っ直ぐな怒り。
「やめて!」
 3人が驚いてふりかえる。
「何だ……?」
 梓の瞳に呑まれたように、彼らは動きを止めた。
「何してるんですか!こんな……紳士のすることじゃないでしょう!?」
「なっ……」
 うちの一人が、仲間の肘をつついて梓の襟元を、校章を見るよう促した。
「あ?」
 促されて確認し、つつかれた方が眉をひそめる。
「その子を放して!」
 少女を捕らえたまま、ぼう然としていた一人に梓が強い口調で言う。言われた方は、思い出したように少女を放した。
「……」
 3人は居心地悪そうに顔を見合わせ、それから誰からともなく言った。
「おい、行こうぜ」
「ああ……」

<更新日 2000.04.29>

 

「大丈夫?」
「は……ひゃいっ」
 声が裏返ってしまったらしい。あわてて口許を押さえる少女に、梓はやわらかく微笑みかけた。少女がびっくりした顔で、それでも陶然と梓に見入る。
「立てる?」
 少女はこくこくと頷くと、立ち上がった。
「よっ」
 突然ガサッと音がして、木の上から誰かがふってきた。
『きゃっ』
 梓と少女の悲鳴が重なる。ふってきたのは龍影だ。
「あ……」
「梓、怒ると怖いのなー。いざとなったらカッコ良く助けに入ろうと思ってたのに、あっさり撃退するとはね」
「……え?そうかな」
 龍影ががくっと、派手に脱力してみせる。
「そうかな、じゃないだろ!怖くなかったら、あんなおとなしく逃げないって」
「……そうなんだ……でも、あんなとこ見られたら、まずいと思うよね。校章も気にしてたみたいだし」
 龍影は軽く額を押さえた。
「あのなー、梓。生徒に見られたくらいでまずいと思うことなら、そもそもこんな場所でやんないの。第一、いくらTクラスの生徒ったって、おとなしそーなやつの言うことなんて聞かないって。下手に逆らったら面倒なことになりそうだから従うの」
「……」
 龍影は梓をまじまじと見て、
「うーん、さっきはあんなに迫力あって綺麗だったのに、何だか影も形もなくなったなー……」
「え……」
「あのっ」
 それまで黙っていた少女が、ふいにふり絞ったような声で割り込んだ。
「あ、ごめんね。なんか、話し込んじゃって……」
「いえ、そんなっ……」
 少女は夢中でぶんぶんっと首をふり、
「あの、梓様ってお名前なんですか?」
「え?あ、そう。そうだよ。天邏の梓。あなたは?」
「ふぇ?」
 まさか自分が名前を聞かれるとは思っていなかったらしく、おかしな声が漏れた。
「わ、私ですか?」
「うん」
「……すみれ……です」
 ひどく申し訳なさそうな声で言う。
「すみれちゃんて言うんだ。可愛い名前だね」
「へ……」
「私、梓ちゃんね。様つけなくて……」
「梓っ!」
 いきなり龍影が割り込んだ。
「な、何?」
「様つけなくていーわけないだろ。昔はともかく、今は名家のお嬢様なんだぞ、梓は。少しは自覚する」
「でも、龍影だって呼び捨てにするよね?」
「あー、口答えしたな!梓の分際でっ」
「へ?するよー。龍影こそ、龍影の分際で意見して〜」
「ああっ!?」
 わしっと、龍影が梓の髪を引っ張った。
「いたっ。痛いっ。あ、先生!」
「へっ?」
 梓はぱしっと龍影の手を払うと、すみれに駆け寄った。
「すみれちゃん、逃げよっ」
「ほえ」
 問答無用で、梓はすみれの手を取って駆け出した。
「こらっ。嘘つくな、梓!」
 二人して全速力で走ったけれど、そこは龍影の方が速い。すぐに回り込まれてつかまえられた。
「きゃっ」
「梓、おまえな〜」
 梓はつかまえられると肩で息をしながら「待って」と手を上げた。
 呼吸を整え、それからケラケラと笑い出す。
「面白かったねえ♪」
「梓……それ、すっごくお嬢様らしくない」
「……」
 ちょっと黙ってから、梓はふいに神妙な顔で言った。
「やっぱり、お嬢様らしくした方がいい?」
 龍影はしばらく考えて、
「梓次第だろ。俺は今のままの方がいいけど、今のままじゃ、この先苦労するの確実だもんな。のけものにされるだろうし」
「……龍影も困る?」
 龍影はにやりと笑った。
「俺、そーゆーヤツ好き」
 何だか嬉しくなって、梓はにっこりと笑った。
「梓、髪、ほどけてる」
「あれ?」
 龍影はひょいひょいっと梓の脇の髪を集めて後ろで結い直しつつ、
「梓、やっぱり髪綺麗だよな」
 と言った。罪のない顔で、深刻に罪作りなことを言う。
 髪を結い終えると、龍影はすみれを手招いた。
「はい?」
「おまえ、友達に余裕ある?」
 怪訝そうな顔をするすみれに、龍影は梓を指して言った。
「こいつ友達に困ってるから、余裕あるなら友達になってやって」
「へっ!?」
 とにかく驚いて、すみれは口をぱくぱくさせた。
「でも、私、ただのメイド……」
 龍影はうんうん、と頷きながら、
「梓はねー、性格合わないとだめな質だから。人に合わせるってこと学習しないの。困ったもんだよな」
「……」
 と、龍影は梓が黙り込んでしまっているのに気が付いた。
「あれ、梓……?」
「ん?」
 梓は何気ないそぶりで顔をあげたものの、いまいち声が弾まなかった。
 もしかして、可哀相だからと付き合ってくれているのだろうか?
 彼のお荷物なんだろうか――
 ふと、そんな考えが浮かんでしまって。
「白様ーーっ」
 聞き覚えのある声がした。さっきの女生徒たちだ。
「やあ」
「白様、残念でしたわ。白様が一番素敵でしたのに」
 静かに見ていると、どの娘もそれなりに愛らしい。娘らしく長く伸ばした髪に、髪飾りの布や宝石が揺れている。口火を切ったのは、薄い茶色の巻き毛を空色と桃色の二色のリボンで結わえた、ほっそりした美少女だった。
「私も残念ですわ。闘ってらっしゃる白様って、本当に素敵で……うっとりしてしまうんですもの」
「ありがとう。冬季大会こそ優勝するから、今回は勘弁してくれるかな」
「まあ、もちろんですわ。楽しみにしていますわね」
「ねえ、茜様」
 なおもパーティに出なかった理由や、彼が手をふった相手についてきゃいきゃい尋ねた後(龍影は適当にごまかしていた)、ふいに彼女らの一人が言った。
「白様、そちらの方は?」
 龍影はひょいっと梓を引き寄せ、
「俺の彼女」
『ええっ!?』
 いくつもの声が重なった。一番驚いたのは、それこそ梓だったかもしれないけれど。
「だったらいいんだけどなって話。さすがに、手が届きそうにないけどね」
 言われて、彼女らは梓の校章に気付いたらしい。小さな長方形の枠の中に、『1』が二つ並んでいる。
 とたんに「Tクラスの方よ」とか「さすが白様」とかとさざめきあって、それから彼女らは、不安げに梓を見た。
 梓はどうしていいのかわからず、いたたまれなくなって視線を逸らした。
「ま、そーゆーわけだからさ、もうちょっと、話させてくれる?」
「はい……」
 彼女らはしょんぼりと立ち去って行った。

「驚いた?」
「……」
 一緒に立ち去ろうとしたすみれは、梓に引き止められていた。
「悪い娘たちじゃないからさ。さっきも、梓のこと誰も悪く言わなかっただろ?」
「うん……でも、何か悪いみたい……」
「そんなことないよ。結局、全員とは付き合えっこないんだから。彼女たちにも、それはわかってる。誰が勝っても恨みっこなしって、協定結んでるしね。それに、残念ながら梓は俺のじゃないし」
 梓の頬がちょっと赤くなる。
「ま、気にすんなって。すみれも遠慮してなくていーよ。お邪魔じゃないから」
「はい……」
 そうは言っても、なんとなく気まずくなっていた。龍影は仕方なく、手っ取り早く用件を済ませて退散しよう、と決めた。
「あのさ、夏休み予定ある?」
「夏休み?……行儀見習い」
「げっ。そーいやそーか。うーん、全然空かない?」
「……んー、義父さんに聞いてみないとわかんないけど……少しくらいなら」
 龍影は一つ頷き、
「じゃあ、空いたら遊びに来いよ。まあ、天邏の別邸には敵わないだろうけど……白羽の別邸も綺麗な所だからさ。俺がいる分、楽しそうだろ?」
 確かに。
 梓は笑って頷いた。
「いいの?」
「いーから誘ってんの。じゃあ、邪魔者は消えるからさ。思う存分友情深め合ってくれよな」
「ん」
 梓は軽く手をふって龍影を見送った。

<更新日 2000.05.07>

* に続く

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