グレインローゼ/キャラクター人気投票御礼ショートストーリー

ラテリシア

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* 先頭
* 序幕 第一幕 幕間 第二幕 第三幕 第四幕 第五幕 第六幕 終幕
完 2001.12.15
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 周りがどうカン違いしてるか知らないが。
 言っとくが、俺はエルシェもテューも好きじゃない。好きじゃないからな。
 あいつらがどうなろうが、誰が好きだろうが、俺には関係ない。ああ、関係ない。
 何か、テューが死ぬかと思ったら、後先考えずに動いて俺まで死にかけたりしたが。
 リーファがエルシェになれなれしいのが気に障って、殴って、殴った俺の方が痛かったりしたが。
 そんなのは、はずみ だ。
 色恋沙汰に結びつけるのはよせ。うんざりだ、誰と付き合うのも。
 俺は、人間なんて嫌いだ。
 そう、嫌い、大嫌いなんだ。
 もう、ずっと昔から――。

     *

 ずっとコントロールされていた。
 俺は実験動物で、俺の意思も言動も、全てデータでしかなかった。
 生まれた時からそうなんだ。俺自身、何もわかっちゃいなかったが、ただ、イライラしてた。


クーリ「ああ、ラテル可哀相! リーファが素直だから、余計イライラするのね?」
ラテル「は……?」


 ふざけるな。
 どっからわいて出たんだ、この邪妖精。
 俺は、外見はほとんど人間だからな。青い髪も金の目も異質だが、でもまあ、リーファに比べれば人間の中に溶け込める。
 だけど、セリーゼでの扱いなんてリーファと変わらなかったし、母の手も、父の愛とかいうのも知らないな。だいたいリーファはなんだ。弟のくせに、俺より先にセリーゼから逃げ出して、俺より先にエルシェに手を出しやがって。
 ああ!?
 それが気に入らないわけじゃないぞ、カン違いするなよ。


クーリ「ラテルがやりたくてもできないこと、言いたくても言えないこと、いつもリーファが先にやっちゃうのよね〜! ラテルとしては、自分がつまんない存在に思えてきちゃうわよね」
ラテル「引っ込んでろ、邪妖精!」


 こいつが一番タチが悪い。
 俺のこと嗅ぎ回っては、テューに報告しやがって……。まるで、逃げ出してまで監視されてるみたいだ。
 ……。
 俺のこと、本当に監視するやつらは、わざわざわいて出て、自分の意見を主張して、俺に殴られたりしなかったが。
 何? クーリは俺にじゃれてるだけで、監視しているわけじゃない?
 他のやつらにも付きまとってるだろうって?
 知るか。
 とにかく俺は、俺を馬鹿にするやつらも、監視するやつらも、リーファも嫌いだっ!
 ……。
 ファルクは嫌いじゃないけどな。
 あいつはお人好しの大間抜けだ。気遣いも心得てる。お人好しが面倒ごとを引き受けてきて、俺を付き合わせるのを除けば、嫌いじゃないが。
 そこだけが致命的に嫌いだが。
 あいつは馬鹿か。
 いつも貧乏くじ引きやがって。

 ……ああ!?

 そんなこと言ってると、ファル×ラテ本を作られるだと!?
 そんなふざけたもの作るな! だいたい、何で俺が受けなんだ!
 ったく、どいつもこいつも……。


クーリ「だめよ、ラテル。受けにされるのがいやなら、もっと積極的に生きなくちゃ。ふり返ってみなさいよ、ラテルの生き方、いつも受け身じゃない?」
ラテル「……前から気になってたんだが、おまえ、何で女しゃべりなんだ。女なのか?」
クーリ「クーリは月の精だから無性よ。クーリはクーリの覚えた言葉でしゃべっているのよ」
ラテル「誰に教わったしゃべりだ。テューともサイファとも違うが」
クーリ「……わかんないー! テューに読んでもらったご本の影響かも〜!」
ラテル「わかってるんだろうが! 殴られたいのか!」
クーリ「いや〜ん」


クーリ「それでね、みんな! 今回は、ラテル積極的化計画なの。エルシェにアタックしてもらうのよ。クーリ発案・計画・手引きなの。頑張るわ〜!」

<更新日 2001.11.18>


序幕

ファルク「は……?」
クーリ「だからね。このショートストーリーを書くに当たって、読者様から、『ラテルとリーファがエルシェを取り合うお話がいい』って、強力にリクエストされちゃったのよ。結末はラテル支持派とリーファ支持派に真っ二つ! だけど。ところがね、考えてもみてよ。ラテルが急に素直になるわけないじゃない? ほっといても三角関係は発生しないわ。裏工作をはかる必要があるわ」
ファルク「……いや、なに? 読者様って? リクエストって?」
クーリ「読者様って言うのはね、神様みたいなもの☆ そしてファルク、ここで聞いたことは3秒以内に忘れなくちゃいけないのよ、いいわね!?」
ファルク「えええっ!?」
クーリ「…。3秒たったわ。じゃあ、ファルクはクーリに協力するっていうことで」
ファルク「……???」


第一幕

小屋には3名+1。
ラテルは読書中。
エルシェはリーファの体を拭いてあげてるところ。
リーファは気持ちがいいところ。



「ねえねえ、エルシェはラテルとリーファのどっちが好きなの?」
 クーリがふわふわ寄って行って尋ねると、エルシェは不思議そうにクーリを見た。
「どうしたの? そんなこと――」

 やったわ。ラテルったら、興味ないふりしてしっかり聞いてるわ!

 クーリが一人でほくそえむ中、エルシェは無邪気に答えた。
「リーファに決まってるじゃん♪ あたしの可愛いリーファだもん♪」
 エルシェの答えに、リーファが大喜びして、嬉しそうにガァガァ鳴く。
 面白くないのはラテルだ。
 バシっと読みかけの本を机に叩きつけた。
 すごい不機嫌さで、ファルクあたりたじろぐ空気だ。けれど、エルシェはへっちゃらな顔でおかしそうに笑った。
「何がおかしい!」
 ラテルがますます怒って鋭く言う。
「だってラテル、あたしに好かれたいみたいなんだもん。何で怒ってるの?」
 エルシェがあくまで無邪気に尋ねると、
「なっ……」

 ラテルばかーっ!
 真っ赤よ!?

「そ、そんなわけあるか!」
「じゃあいいじゃんねー。へーんなの!」

 ちょっとエルシェ、どこまでわかって言ってるの!?
 クーリ知りたいわ!
 だんぜん知りたいわ!

「出かける!」
 ラテルが心底不愉快そうに部屋を出て行った、すぐ後だ。部屋の隅で何かがチカっと光った。
 エルシェは何だろうと寄って行き、驚いた。光ったのはしおりだ。ラテルが読んでいた本に、無造作に挟まれたもの。
 鏡を持った妖精の描かれた、美しい、滅多に手に入らないものだった。
「これ……」
「どうしたの?」
 ラテルって、案外趣味がいいのよね。こういうもの使ってて。
「ラテルの趣味かなあ……? あたし、これが欲しいって、ファルクに言ったことあるんだけど……」

 え!? え!? それって何!? だんぜん面白い展開だわ! 上手いわ、ファルク!

「そういえばラテル、どうしてわざわざここで読書してたのかな。いつもはうるさいからって、ここには来ないのに……。リーファに会いに来たんじゃなくて、あたしにこれ、渡す気だったり……まさか、だよねえ……」

 やったわ、ラテル! 乙女心が揺れてるわ! ここで押すのよ! って、いないしっ!

「……」
 エルシェはしばらく考え込むように、それを見ていた。


幕間

ファルク「あのさあ、こんなことでいいのかな?」

 キっとファルクを睨むクーリ

クーリ「いいのよ! だって、ラテルがキャラ投票で首位取るなんて思わなかったんだもの。作者さんは、テューとかディーン様とかクーリとか……その辺〜の外伝考えてたの。ラテルにしても、孤独なセリーゼ時代を書く気だったらしいわ。でも、エルシェの取り合いなんて、難しいリクエストされちゃって……苦肉の策っていうの? こうなったら、少々強引なことをしてでも頑張るしかないじゃない!? この辺りの冒険が、何だか『グレインローゼ』らしくて燃えるわ!」
ファルク「……『グレインローゼらしさ』って、いったい……?」

<更新日 2001.11.24>


第二幕

 戻ったラテルに駆け寄るエルシェ。その心は――。

 リーファは寝ていたけれど、物音に目を覚ましたところ。
 クーリはもうすぐ月が消えてしまうので、急展開を期待してそわそわしているところ。


「ラテル!」
 ぎょっとした様子のラテルに、エルシェは無邪気に飛びついた。
「ねえこれ、あたしにくれるの?」
「あ?」
 エルシェが手にしたものを見て、ラテルはまともに顔色を失った。
「そっ……っ……ばっ……!!」


 わかる! わかるわ!
 ラテルが何て言いたいか、クーリわかっちゃうわ!
 おそばじゃないのね。
 そんなわけあるか、に、馬鹿かおまえは、ね!?


 酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくしているラテルに、エルシェはにこぉっと笑って、そのほっぺたにチュっとキスをした。
「ありがと! 妹が喜ぶ♪」
 あっさり離れようとしたエルシェの腕を、ラテルはほとんど反射的につかんでいた。
「……? 何?」


 あわててる、あわててるわ、ラテル!
 顔に書いてあるわ、『何でエルシェの腕なんかつかんでんだ、オレは!』って。
 それにしても、エルシェってば罪だわ〜!
 ここで、『妹が喜ぶ』はないわよね!?
 あげちゃうの!?
 ラテルのせっかくの愛を、あっさり妹にあげちゃうのね!?
 楽し〜♪


「い……妹……?」
「うん! 妹が欲しがってたから」
 無邪気に肯定した後、思いついた様子で続けて尋ねる。
「『ラテルから』って言付けする?」
 ラテルはかっと頬を染めると、邪険にエルシェの腕を払った。
「ファルクからだ! オレは届けろって、頼まれただけだ」
「……」

 ……。

 ……つまんないわ。

 エルシェもつまらなそうな顔をした。
「なんだあ。ラテルに感謝して損しちゃった」
 しかし、一瞬後には立ち直る。
「じゃあ、今度会ったらありがとうって、ファルクに言っとくね。ラテルも届けてくれてありがとう」
「……」

 あら?
 ラテル、残念そうだわ!?

 ――って!

 ラテルは一度放したエルシェの腕を、再びきつくつかんでいた。叩きつけるように壁際に追い詰める。
「何!? ちょっと、乱暴だよ! ラテ――」
「――っら、どうなんだ」
「え……?」
 掠れた声が聞き取れず、エルシェが聞き返すと、ラテルは顔を背けて言った。
「オレからだったら……どうなんだ」
 目が合わせられない様子で、怒ったように言う。
「どうって……そりゃ、嬉しいけど。……違うの? ラテルからなの?」
 ラテルはぐっと、黙ってエルシェの腕を握る右手に力を込めた。
「痛っ……」
 一瞬の沈黙の後、ラテルはいきなり動いた。
「!?」
 いきなりキスされて、エルシェの驚くまいことか。
「なっ――!」
 ラテルが決まり悪げにふんっと顔を背けた瞬間だ。

 ガブリ。

 リーファの攻撃が決まった。
 向うずねにかぶりついている。
 血がつーっと伝っていった。
「っの、馬鹿弟!」
 ラテルがガインと殴りつけるが、やはりラテルの方が痛かった。前にもやったのに、懲りない。
 リーファは一度ラテルをはなすと、今度は頭から突進した。本気で怒っている。
「ちょっと……ちょっと、部屋の中で暴れないで!! やめなさい!!」
 エルシェがあわてて止めに入るが、どちらも聞きやしない。
「もう、何でこの兄弟はこうなのよー!! 馬鹿っ!!」
 エルシェは力いっぱいゲンコでラテルを殴ってから、今度はリーファを怒った。
「リーファもだめだよ! ちゃんと手加減しなきゃ――」

 ――やだ!!――

 テレパシーで答えてくる。
 もっとも、本当はそれでも手加減しているのだ。リーファが本気で噛み付いたら、流血で済まない。足を食い千切っている。

 ――大っ嫌いだ、そいつ!! エルシェはリーファのだ!!――

「リ……」
「何がおまえのだ! ふざけるな! 誰がいつ決めた、ああ!? 何月何日、何時何分何秒、地球が何回まわった時だか言ってみろ!」


 ……。

 ちょっとラテル。
 それはないんじゃないの!?
 それってめちゃくちゃ次元が低いわ! 幻滅ものよ!?

 しかもリーファ、答えられなくて泣きそうだし!


「もうー、いい加減にしなさいっ!!」
 エルシェが一喝した時だ。ファルクと一緒に買い物に出ていたテューが、ひょっこりと戻ってきた。
「……どうなさったんですか?」
 もちろん、みんな答えられなかった。

<更新日 2001.12.01>


第三幕

 場所はデズヴェリー家。ファルクのお屋敷。
 リーファに乗って遊びに来たエルシェ、ぶつぶつと愚痴っているところ。
 ファルクは愚痴に付き合わされているところ。
 リーファは――。


「なによねー、あたし、オモチャじゃないのに……」
 手持ち無沙汰にテーブルにつき、足をぶらぶらしながらエルシェが言った。
「どうしたの?」
「だってさあ、信じらんないよ! もう! リーファもラテルも……乙女の唇なんだと思ってるのよ! オモチャの取り合いみたいにされたんじゃ、たまんないわ」
 エルシェは本当に怒っていて、泣きそうですらあった。
「エルシェ……」
 だいたい、何で被害者のあたしが場を収めなくちゃなんないのよ、などと、さらにぶちぶち言う。
 ファルクはしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。
「……あのさ、エルシェ。俺、エルシェが思ってるほど、二人とも軽い気持ちじゃないと思う。何て言うか……ルタークって、これと決めた一人しか背中に乗せないっていうし、ラテルはラテルで、焦ってるんじゃないかな。自分がぐずぐずしてることに」
「ぐずぐず……?」
 バン、と大きな音がした。
 リーファが尻尾を床に叩きつけたのだ。何か青いものが散った。
「リーファ! だめだって言ったのに!」
 何だ何だと見に行って、ファルクは息を呑んだ。
「どうしたんだ、これ。血まみれじゃないか!」
 ちょっと見ないうちに、リーファの尻尾は随分痛んでしまっていた。鱗が何枚も割れて、そこから血が流れ出していた。
「かじるのよ、最近。だめだって言ってるのに、理由、聞いても答えないし……」
「そ……」
 ファルクは半ば反射的に口を開きかけ、あわてて言葉を飲み込んだ。
「ファルク?」
「……いつから?」
「ええと……あの時からかなあ、このあいだ、ラテルにしおりもらった日」
 リーファはじっと、頑なに心を閉ざして虚空を見ていた。
「……リーファ……」
 エルシェを自分だけのものにしたい。
 リーファにとって、それは子供心で、純粋な思慕で、そして、本気なのだ。生涯守り続ける少女に、エルシェを選んでいるのだから。
 そのエルシェがリーファのものではないとしたら――
 カタンと、ドアの方で何か音がした。
 見に行ったファルクにエルシェが問う。
「何?」
「――ラテルがいたかもしれない」


第四幕

 夜。
 訪ねて来たラテルを、リーファは低くうなって威嚇した。
「リーファ!?」
 エルシェがあっ、と思った時には遅い。
 リーファはラテルに突進すると、ガブリと噛み付いた。
「リーファ!!」
 エルシェの声にも反応しない。いや、素直なリーファが、反応できない、という反応を返していた。
 ラテルは静かにリーファを見た。
「痛いだろうが、はなせ」
 リーファはなおも低くうなっていたが、やがてラテルをはなし、戸外に出て行った。
「リーファ!」
 エルシェがあわてて呼んだが、リーファは行ってしまった。

     *

 リーファはじっと泉のそばに座っていた。
 そばに柔らかく光るもの。クーリ。
 クーリは心配そうにふわふわしていたが、やがて、その小さな両の手で、抱き締めるようにリーファにしがみついた。
 リーファはただ、自分の尻尾に噛み付いている。
「――か、かわいそう! リーファかわいそう! あんまりだわ!!
 エルシェがリーファのものじゃないって、悲しいのね。耐えられないのね。
 そうよね。
 そんなの嫌よね、リーファ、嫌よね」
 悲しすぎる。
「エルシェが他の人のものになっても、エルシェはリーファのマスターなのよ。
 そんなことになったら、リーファはどんな気持ちでエルシェを背中に乗せるの!?」
 リーファは黙ってその尾をかじり続けていた。
 それを見て、クーリはぼろぼろ泣いた。
「――乗せるのね。
 それでもエルシェだけを乗せるのね。
 だから、そうやって自分で自分を傷つけずにいられないのね。リーファ――」
 空には晧々と光る月。
「クーリ、今回はラテル積極的化計画で、ラテルに協力するつもりだったの。でも、やめたわ! リーファに協力する。クーリにね、いい考えがあるのよ。あのね――」

 空には優しい光をこぼす、満月。

     *

「……どうしたの? こんな時間に……」
 リーファが心配でたまらなそうな顔のまま、エルシェが尋ねた。ラテルはそれにぶっきらぼうに答えた。
「――リーファ、見に来ただけだ」
「……リーファ?」
 エルシェはしげしげとラテルを見て、思った。
 そういえば、最初の時も――初めて会った時も、何だかんだでリーファに会いに行こうとしていたのだ、ラテルは。
「――悪いか!」
 エルシェの視線に、ラテルが居心地悪げに怒鳴る。
 ううん、と、エルシェはにこりと笑った。
 ラテルのそういうところが大好きだ。
 何だかんだで、不器用に弟妹のことを気にかけている。
「エルシェ―――!」

 部屋に、クーリが飛び込んで来たのはその時だった。

<更新日 2001.12.09>


第五幕

「リーファが待ってるの、リーファが待ってるの。だから来て?」
「え? あ、うん! リーファどこ!?」
 エルシェの問いに、クーリはにこりと笑った。
「今夜は満月だから、クーリ、いっぱい魔法が使えるわ。最初の魔法よ」
 言うが早いか、クーリは大きく、そのちんまりとした両腕を広げた。月光を仰ぐ。
「お月様ー! クーリ、エルシェをリーファのところに送るの〜☆」
 様子を見ていたラテルが、がくりと壁に手を突いた。
 エルシェの姿はものの見事に消えている。
「何だ、今のは! そんな魔法かあるか! ふざけるなっ」
「なによーっ! クーリ、ふざけてなんていないわ。だからお月様が聞いてくれるのよ。満月のクーリは無敵なんだから!」
 何が無敵だ、と。
 ラテルは黙ってクーリに降り注ぐ月光を、本で遮った。
「あっ」
 途端にクーリの姿が消えて、また別のところにぱっと現れる。
「何するのっ」
「無敵が聞いて呆れるな」
 クーリは大きく頬をふくらませ、ぷんぷんと怒った。
「こっちに出て来られるからいいんだもんっ」
 ふんっと顔を背けるラテルにむうと怒りかけ、しかし、クーリはあっと声を漏らした。
「こうしてはいられないんだったわ。クーリ、頑張らなくちゃ!」
 ぽんと消えてしまう。
 取り残され、ラテルはひとりごちた。
「……ったく、誰の外伝なんだか……」

 ――ラテル、それだけは突っ込まないお約束、禁句よ!


第六幕

 エルシェが飛ばされたのは、見覚えのある場所だった。
「ここ……祈りの滝……?」
 クーリはリーファが待っている、と言っていた。滝で?
 エルシェはてくてく、音を頼りに滝へと向かった。
 滝つぼのほとり、皓々と光をこぼす満月の下、確かに誰かが待っていた。
「…………リーファ?」
 途惑いがちなエルシェの声に、人影が動いた。
「エルシェ!」
 リーファは前に見たのとは違う、十七、八の青年の姿になっていた。
「どうしたの!? その格好、リーファなの!?」
「リーファだよ!」
 リーファは真っ直ぐエルシェに駆け寄ると、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「きゃ」
 リーファは心底嬉しそうにエルシェに笑いかけていた。
「クーリが、月の魔力で人の姿にしてくれたんだ。エルシェ……」
 リーファはぐっと、力を込めてエルシェを抱きしめた。
「リーファ!? 苦し……」
「どこにも行かないで」
 ふいの、吐露。
 それがあまりに哀切で、エルシェはどきんとした。
 胸が苦しい。痛い。
「エルシェはずっと……ずっとリーファが守る。リーファが、リーファだけの手で守りたいんだ。エルシェ……」
「……リー……ファ……?」
 エルシェは途惑いがちにリーファを見た。
 何だかひどくかっこいい。そんなリーファに強く抱きしめられて、実は、結構どきどきしている。
「エルシェのこと、誰にも渡したくない! そう思ったらいけない!? リーファがそう思ったら、エルシェは……エルシェは、いやなの!?」
「え……ええと……うんと……」
 いやだ、なんてことはない。
 リーファのことは好きだし。
 でも、本当だった。ファルクの言った通り、リーファの思いはずっと真剣だった。
 エルシェが思っていたより、リーファはずっと真剣で、深い思いを抱えていたのだ。あんまり真っ直ぐだから、無邪気だから、子供心だと侮っていた。
 ――どうしよう、多分、あたしの方が子供なんだ……。
 こういう問いに、軽くうんと答えていいのか。いけない気がする。でも、急に問われても……。
「エルシェ……」
 リーファが何ともつらそうな、痛みを映した瞳でエルシェを見た。澄みすぎた目は、何一つごまかせないのだ。痛みも、思いも、全て真っ直ぐに、見る者に向けてしまう。
 ――リーファ……。
 急、ではなかったかもしれない。
 リーファはいつだって、彼女を見ていた。
 楽しそうにしていた。
 血を流していたことすら、彼女ゆえだったのだ。
 ……。
 応えたい。
 応えてあげたい。
 エルシェとて、命に代えても。
 その覚悟を決めて、あの山に登ったのだ。
 けれど……。
 迷いを、エルシェは頭をふって振り切った。
 今、澄んだリーファの瞳を綺麗だと思う。
「い……けなくない。あたし……」
 ずっと一緒にいてあげても、いいかもしれない。
 こんなに彼女を必要とする子は、他にいないのだから。リーファは、可愛いのだから。
「いいよ、リーファ。ずっと……一緒にいよう」
「エルシェ、ほんとに……!?」
 リーファがぱっと顔を輝かせる。
 エルシェも明るく笑った。
「うん、ほんとだよ。だからもう、泣かない! 尻尾もかじらない! 約束する!?」
「うん……!」
 エルシェはにっこり笑って、改めてリーファを見た。
 そっかあ。
 リーファは大きくなると、こんなにかっこよくなるんだ……。
 ……あれ?
「クーリー!」
 エルシェが呼ぶと、すぐにクーリが現れた。
「見てたわ、見てたわ、クーリ感動したの〜!」
 ちんまいこぶしを握りしめて喜ぶクーリに、
「うん、それはいいんだけどね、いつでもリーファ、人の姿にできるのかな」
 エルシェが尋ねると、クーリはぶんぶん、と首を横にふった。
「満月に、ここに来ないと無理。滝の力も借りてるのよ。でもクーリ、いつもはテューと一緒なの〜☆」
 エルシェはしばらく考えていた。
「あたし、滝にお祈りする!」
「ええ!?」
 エルシェはくるりとリーファに向き直ると、
「リーファ、人間になりたいって言ってたよね」
「う、うん……。でも、リーファが人間になったら、エルシェ、竜乗りじゃなくなっちゃうよ。困らない?」
 エルシェはにっと笑った。
「えへへー、まっかせて! いい考えがあるんだ〜♪」
 エルシェは「冷たい!」とひいひい言いながら滝に入って行き、ラヴェルを呼んだ。
 ファルク辺りがいたら、きっと止めただろう。しかし、ここにいるメンバーに「軽はずみだ」とか「もっとよく考えてから」などと思う者はいなかった。
 月明かりの滝の中、ラヴェルが幻想的なまでの神々しさで、そこに現れる。
 昼間よりもずっと神秘的だった。
「ラヴェル様、リーファを昼の間は竜に、夜は人間にして下さい!」
 エルシェの『お願い』に、クーリとリーファが感嘆の声を上げた。
「すごいわ、エルシェって頭いいっ!」
「ほんとだね、思いつかなかった!」
 賞賛の声にエルシェは得意満面で、Vサインなどして見せた。
 しかし、すぐラヴェルの試練に呑み込まれる。

 あえかな光の中で、エルシェは、飛行中に日が落ちて、二人とも死んでしまう夢を見た。
 悲鳴を上げて目が覚める、そんな感覚の直後、次の夢。
 リーファが変身するところを目撃されて、化け物扱いされる夢を見た。
 ――なによねー、ふざけんな、よっ! そんな目でリーファを見るやつ、殴ってやる! あたしが化け物みたいに見られるのは、今に始まったことじゃないし――
 リーファより素敵な人に求愛されるのに、リーファがいるから断るしかない夢。
 ――ああ、もったいない、もったいないーっ! でもしょうがないよね、あたしには可愛いリーファがいるんだもん。あたしってばもてもて♪――


 ……。
 教訓。
 前向きで楽観的、最強。へげ。


 光の渦が収まると、ラヴェルの問いかけが、エルシェを現実に引き戻した。

 ――汝 かの者が昼の間は竜で、夜の間は人であることを 願うか――

 エルシェは真っ直ぐラヴェルを見、考え込んだ。多くの夢を見た。完璧だと思っていたのに、不都合なことはあるものだ。

 ――願うか?――

 ラヴェルが重ねて問う。エルシェは一つ頷くと、言った。
「リーファを、リーファが望む間だけ、人間にして下さい」

 ――……。――

 かつて、『願いを叶えるか、取り下げるか』というラヴェルの問いに、変更で答えた者はいない。

 ――最初と違うな――

「……? いけませんか?」
 ラヴェルは深々と息を吐いたようだった。
 それから、ふっと苦笑した。
 ――良いよ――

 まばゆい光が滝を、エルシェを、リーファを包み、後には月明かりの滝だけが、残された。


終幕

それからのことは、語るのも無粋という感じ。
2人、結構楽しくやってます♪

ラテリシア
「俺は?」


 翌朝。
 昨夜起きたことを、エルシェは当然のように仲間を集めて話した。
 テューはまず驚いて、次には微笑ましげに笑った。いともたやすくラヴェルの試練を乗り越えたエルシェに、感嘆と敬意を表した笑み。
 ファルクも素直に感心して、良かったとテューと一緒に笑った。
「――で? 人型にはなれるのか?」
 不機嫌そうなラテルの言葉に、リーファがなれるぞ、とばかり変身すると、待ち構えたようにラテルがバキっとリーファを殴った。
「った! 何するんだ!!」
 もちろん、今まで何度も殴っては、自分の方が痛かった分のお返しだ。
「何だあいつ!」
 殴るだけ殴ってラテルが出て行くと、ファルクが苦笑して言った。
「エルシェのこと、譲ってやるってことじゃない? ラテルなりの譲り方だろ、あれ」

 さて、どうでしょう。

<完 2001.12.15>

おしまい
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