周りがどうカン違いしてるか知らないが。
言っとくが、俺はエルシェもテューも好きじゃない。好きじゃないからな。
あいつらがどうなろうが、誰が好きだろうが、俺には関係ない。ああ、関係ない。
何か、テューが死ぬかと思ったら、後先考えずに動いて俺まで死にかけたりしたが。
リーファがエルシェになれなれしいのが気に障って、殴って、殴った俺の方が痛かったりしたが。
そんなのは、はずみ だ。
色恋沙汰に結びつけるのはよせ。うんざりだ、誰と付き合うのも。
俺は、人間なんて嫌いだ。
そう、嫌い、大嫌いなんだ。
もう、ずっと昔から――。
*
ずっとコントロールされていた。
俺は実験動物で、俺の意思も言動も、全てデータでしかなかった。
生まれた時からそうなんだ。俺自身、何もわかっちゃいなかったが、ただ、イライラしてた。
クーリ「ああ、ラテル可哀相! リーファが素直だから、余計イライラするのね?」
ラテル「は……?」
ふざけるな。
どっからわいて出たんだ、この邪妖精。
俺は、外見はほとんど人間だからな。青い髪も金の目も異質だが、でもまあ、リーファに比べれば人間の中に溶け込める。
だけど、セリーゼでの扱いなんてリーファと変わらなかったし、母の手も、父の愛とかいうのも知らないな。だいたいリーファはなんだ。弟のくせに、俺より先にセリーゼから逃げ出して、俺より先にエルシェに手を出しやがって。
ああ!?
それが気に入らないわけじゃないぞ、カン違いするなよ。
クーリ「ラテルがやりたくてもできないこと、言いたくても言えないこと、いつもリーファが先にやっちゃうのよね〜! ラテルとしては、自分がつまんない存在に思えてきちゃうわよね」
ラテル「引っ込んでろ、邪妖精!」
こいつが一番タチが悪い。
俺のこと嗅ぎ回っては、テューに報告しやがって……。まるで、逃げ出してまで監視されてるみたいだ。
……。
俺のこと、本当に監視するやつらは、わざわざわいて出て、自分の意見を主張して、俺に殴られたりしなかったが。
何? クーリは俺にじゃれてるだけで、監視しているわけじゃない?
他のやつらにも付きまとってるだろうって?
知るか。
とにかく俺は、俺を馬鹿にするやつらも、監視するやつらも、リーファも嫌いだっ!
……。
ファルクは嫌いじゃないけどな。
あいつはお人好しの大間抜けだ。気遣いも心得てる。お人好しが面倒ごとを引き受けてきて、俺を付き合わせるのを除けば、嫌いじゃないが。
そこだけが致命的に嫌いだが。
あいつは馬鹿か。
いつも貧乏くじ引きやがって。
……ああ!?
そんなこと言ってると、ファル×ラテ本を作られるだと!?
そんなふざけたもの作るな! だいたい、何で俺が受けなんだ!
ったく、どいつもこいつも……。
クーリ「だめよ、ラテル。受けにされるのがいやなら、もっと積極的に生きなくちゃ。ふり返ってみなさいよ、ラテルの生き方、いつも受け身じゃない?」
ラテル「……前から気になってたんだが、おまえ、何で女しゃべりなんだ。女なのか?」
クーリ「クーリは月の精だから無性よ。クーリはクーリの覚えた言葉でしゃべっているのよ」
ラテル「誰に教わったしゃべりだ。テューともサイファとも違うが」
クーリ「……わかんないー! テューに読んでもらったご本の影響かも〜!」
ラテル「わかってるんだろうが! 殴られたいのか!」
クーリ「いや〜ん」
クーリ「それでね、みんな! 今回は、ラテル積極的化計画なの。エルシェにアタックしてもらうのよ。クーリ発案・計画・手引きなの。頑張るわ〜!」
<更新日 2001.11.18>
序幕
ファルク「は……?」クーリ「だからね。このショートストーリーを書くに当たって、読者様から、『ラテルとリーファがエルシェを取り合うお話がいい』って、強力にリクエストされちゃったのよ。結末はラテル支持派とリーファ支持派に真っ二つ! だけど。ところがね、考えてもみてよ。ラテルが急に素直になるわけないじゃない? ほっといても三角関係は発生しないわ。裏工作をはかる必要があるわ」
ファルク「……いや、なに? 読者様って? リクエストって?」
クーリ「読者様って言うのはね、神様みたいなもの☆ そしてファルク、ここで聞いたことは3秒以内に忘れなくちゃいけないのよ、いいわね!?」
ファルク「えええっ!?」
クーリ「…。3秒たったわ。じゃあ、ファルクはクーリに協力するっていうことで」
ファルク「……???」
第一幕
小屋には3名+1。ラテルは読書中。
エルシェはリーファの体を拭いてあげてるところ。
リーファは気持ちがいいところ。
「ねえねえ、エルシェはラテルとリーファのどっちが好きなの?」
クーリがふわふわ寄って行って尋ねると、エルシェは不思議そうにクーリを見た。
「どうしたの? そんなこと――」
やったわ。ラテルったら、興味ないふりしてしっかり聞いてるわ!
クーリが一人でほくそえむ中、エルシェは無邪気に答えた。
「リーファに決まってるじゃん♪ あたしの可愛いリーファだもん♪」
エルシェの答えに、リーファが大喜びして、嬉しそうにガァガァ鳴く。
面白くないのはラテルだ。
バシっと読みかけの本を机に叩きつけた。
すごい不機嫌さで、ファルクあたりたじろぐ空気だ。けれど、エルシェはへっちゃらな顔でおかしそうに笑った。
「何がおかしい!」
ラテルがますます怒って鋭く言う。
「だってラテル、あたしに好かれたいみたいなんだもん。何で怒ってるの?」
エルシェがあくまで無邪気に尋ねると、
「なっ……」
ラテルばかーっ!
真っ赤よ!?
「そ、そんなわけあるか!」
「じゃあいいじゃんねー。へーんなの!」
ちょっとエルシェ、どこまでわかって言ってるの!?
クーリ知りたいわ!
だんぜん知りたいわ!
「出かける!」
ラテルが心底不愉快そうに部屋を出て行った、すぐ後だ。部屋の隅で何かがチカっと光った。
エルシェは何だろうと寄って行き、驚いた。光ったのはしおりだ。ラテルが読んでいた本に、無造作に挟まれたもの。
鏡を持った妖精の描かれた、美しい、滅多に手に入らないものだった。
「これ……」
「どうしたの?」
ラテルって、案外趣味がいいのよね。こういうもの使ってて。
「ラテルの趣味かなあ……? あたし、これが欲しいって、ファルクに言ったことあるんだけど……」
え!? え!? それって何!? だんぜん面白い展開だわ! 上手いわ、ファルク!
「そういえばラテル、どうしてわざわざここで読書してたのかな。いつもはうるさいからって、ここには来ないのに……。リーファに会いに来たんじゃなくて、あたしにこれ、渡す気だったり……まさか、だよねえ……」
やったわ、ラテル! 乙女心が揺れてるわ! ここで押すのよ! って、いないしっ!
「……」
エルシェはしばらく考え込むように、それを見ていた。
幕間
ファルク「あのさあ、こんなことでいいのかな?」キっとファルクを睨むクーリ
クーリ「いいのよ! だって、ラテルがキャラ投票で首位取るなんて思わなかったんだもの。作者さんは、テューとかディーン様とかクーリとか……その辺〜の外伝考えてたの。ラテルにしても、孤独なセリーゼ時代を書く気だったらしいわ。でも、エルシェの取り合いなんて、難しいリクエストされちゃって……苦肉の策っていうの? こうなったら、少々強引なことをしてでも頑張るしかないじゃない!? この辺りの冒険が、何だか『グレインローゼ』らしくて燃えるわ!」
ファルク「……『グレインローゼらしさ』って、いったい……?」
<更新日 2001.11.24>
第二幕
戻ったラテルに駆け寄るエルシェ。その心は――。リーファは寝ていたけれど、物音に目を覚ましたところ。
クーリはもうすぐ月が消えてしまうので、急展開を期待してそわそわしているところ。
「ラテル!」
ぎょっとした様子のラテルに、エルシェは無邪気に飛びついた。
「ねえこれ、あたしにくれるの?」
「あ?」
エルシェが手にしたものを見て、ラテルはまともに顔色を失った。
「そっ……っ……ばっ……!!」
わかる! わかるわ!
ラテルが何て言いたいか、クーリわかっちゃうわ!
おそばじゃないのね。
そんなわけあるか、に、馬鹿かおまえは、ね!?
酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくしているラテルに、エルシェはにこぉっと笑って、そのほっぺたにチュっとキスをした。
「ありがと! 妹が喜ぶ♪」
あっさり離れようとしたエルシェの腕を、ラテルはほとんど反射的につかんでいた。
「……? 何?」
あわててる、あわててるわ、ラテル!
顔に書いてあるわ、『何でエルシェの腕なんかつかんでんだ、オレは!』って。
それにしても、エルシェってば罪だわ〜!
ここで、『妹が喜ぶ』はないわよね!?
あげちゃうの!?
ラテルのせっかくの愛を、あっさり妹にあげちゃうのね!?
楽し〜♪
「い……妹……?」
「うん! 妹が欲しがってたから」
無邪気に肯定した後、思いついた様子で続けて尋ねる。
「『ラテルから』って言付けする?」
ラテルはかっと頬を染めると、邪険にエルシェの腕を払った。
「ファルクからだ! オレは届けろって、頼まれただけだ」
「……」
……。
……つまんないわ。
エルシェもつまらなそうな顔をした。
「なんだあ。ラテルに感謝して損しちゃった」
しかし、一瞬後には立ち直る。
「じゃあ、今度会ったらありがとうって、ファルクに言っとくね。ラテルも届けてくれてありがとう」
「……」
あら?
ラテル、残念そうだわ!?
――って!
ラテルは一度放したエルシェの腕を、再びきつくつかんでいた。叩きつけるように壁際に追い詰める。
「何!? ちょっと、乱暴だよ! ラテ――」
「――っら、どうなんだ」
「え……?」
掠れた声が聞き取れず、エルシェが聞き返すと、ラテルは顔を背けて言った。
「オレからだったら……どうなんだ」
目が合わせられない様子で、怒ったように言う。
「どうって……そりゃ、嬉しいけど。……違うの? ラテルからなの?」
ラテルはぐっと、黙ってエルシェの腕を握る右手に力を込めた。
「痛っ……」
一瞬の沈黙の後、ラテルはいきなり動いた。
「!?」
いきなりキスされて、エルシェの驚くまいことか。
「なっ――!」
ラテルが決まり悪げにふんっと顔を背けた瞬間だ。
ガブリ。
リーファの攻撃が決まった。
向うずねにかぶりついている。
血がつーっと伝っていった。
「っの、馬鹿弟!」
ラテルがガインと殴りつけるが、やはりラテルの方が痛かった。前にもやったのに、懲りない。
リーファは一度ラテルをはなすと、今度は頭から突進した。本気で怒っている。
「ちょっと……ちょっと、部屋の中で暴れないで!! やめなさい!!」
エルシェがあわてて止めに入るが、どちらも聞きやしない。
「もう、何でこの兄弟はこうなのよー!! 馬鹿っ!!」
エルシェは力いっぱいゲンコでラテルを殴ってから、今度はリーファを怒った。
「リーファもだめだよ! ちゃんと手加減しなきゃ――」
――やだ!!――
テレパシーで答えてくる。
もっとも、本当はそれでも手加減しているのだ。リーファが本気で噛み付いたら、流血で済まない。足を食い千切っている。
――大っ嫌いだ、そいつ!! エルシェはリーファのだ!!――
「リ……」
「何がおまえのだ! ふざけるな! 誰がいつ決めた、ああ!? 何月何日、何時何分何秒、地球が何回まわった時だか言ってみろ!」
……。
ちょっとラテル。
それはないんじゃないの!?
それってめちゃくちゃ次元が低いわ! 幻滅ものよ!?
しかもリーファ、答えられなくて泣きそうだし!
「もうー、いい加減にしなさいっ!!」
エルシェが一喝した時だ。ファルクと一緒に買い物に出ていたテューが、ひょっこりと戻ってきた。
「……どうなさったんですか?」
もちろん、みんな答えられなかった。
<更新日 2001.12.01>
第三幕
場所はデズヴェリー家。ファルクのお屋敷。リーファに乗って遊びに来たエルシェ、ぶつぶつと愚痴っているところ。
ファルクは愚痴に付き合わされているところ。
リーファは――。
「なによねー、あたし、オモチャじゃないのに……」
手持ち無沙汰にテーブルにつき、足をぶらぶらしながらエルシェが言った。
「どうしたの?」
「だってさあ、信じらんないよ! もう! リーファもラテルも……乙女の唇なんだと思ってるのよ! オモチャの取り合いみたいにされたんじゃ、たまんないわ」
エルシェは本当に怒っていて、泣きそうですらあった。
「エルシェ……」
だいたい、何で被害者のあたしが場を収めなくちゃなんないのよ、などと、さらにぶちぶち言う。
ファルクはしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。
「……あのさ、エルシェ。俺、エルシェが思ってるほど、二人とも軽い気持ちじゃないと思う。何て言うか……ルタークって、これと決めた一人しか背中に乗せないっていうし、ラテルはラテルで、焦ってるんじゃないかな。自分がぐずぐずしてることに」
「ぐずぐず……?」
バン、と大きな音がした。
リーファが尻尾を床に叩きつけたのだ。何か青いものが散った。
「リーファ! だめだって言ったのに!」
何だ何だと見に行って、ファルクは息を呑んだ。
「どうしたんだ、これ。血まみれじゃないか!」
ちょっと見ないうちに、リーファの尻尾は随分痛んでしまっていた。鱗が何枚も割れて、そこから血が流れ出していた。
「かじるのよ、最近。だめだって言ってるのに、理由、聞いても答えないし……」
「そ……」
ファルクは半ば反射的に口を開きかけ、あわてて言葉を飲み込んだ。
「ファルク?」
「……いつから?」
「ええと……あの時からかなあ、このあいだ、ラテルにしおりもらった日」
リーファはじっと、頑なに心を閉ざして虚空を見ていた。
「……リーファ……」
エルシェを自分だけのものにしたい。
リーファにとって、それは子供心で、純粋な思慕で、そして、本気なのだ。生涯守り続ける少女に、エルシェを選んでいるのだから。
そのエルシェがリーファのものではないとしたら――
カタンと、ドアの方で何か音がした。
見に行ったファルクにエルシェが問う。
「何?」
「――ラテルがいたかもしれない」
第四幕
夜。訪ねて来たラテルを、リーファは低くうなって威嚇した。
「リーファ!?」
エルシェがあっ、と思った時には遅い。
リーファはラテルに突進すると、ガブリと噛み付いた。
「リーファ!!」
エルシェの声にも反応しない。いや、素直なリーファが、反応できない、という反応を返していた。
ラテルは静かにリーファを見た。
「痛いだろうが、はなせ」
リーファはなおも低くうなっていたが、やがてラテルをはなし、戸外に出て行った。
「リーファ!」
エルシェがあわてて呼んだが、リーファは行ってしまった。
*
リーファはじっと泉のそばに座っていた。
そばに柔らかく光るもの。クーリ。
クーリは心配そうにふわふわしていたが、やがて、その小さな両の手で、抱き締めるようにリーファにしがみついた。
リーファはただ、自分の尻尾に噛み付いている。
「――か、かわいそう! リーファかわいそう! あんまりだわ!!
エルシェがリーファのものじゃないって、悲しいのね。耐えられないのね。
そうよね。
そんなの嫌よね、リーファ、嫌よね」
悲しすぎる。
「エルシェが他の人のものになっても、エルシェはリーファのマスターなのよ。
そんなことになったら、リーファはどんな気持ちでエルシェを背中に乗せるの!?」
リーファは黙ってその尾をかじり続けていた。
それを見て、クーリはぼろぼろ泣いた。
「――乗せるのね。
それでもエルシェだけを乗せるのね。
だから、そうやって自分で自分を傷つけずにいられないのね。リーファ――」
空には晧々と光る月。
「クーリ、今回はラテル積極的化計画で、ラテルに協力するつもりだったの。でも、やめたわ! リーファに協力する。クーリにね、いい考えがあるのよ。あのね――」
空には優しい光をこぼす、満月。
*
「……どうしたの? こんな時間に……」
リーファが心配でたまらなそうな顔のまま、エルシェが尋ねた。ラテルはそれにぶっきらぼうに答えた。
「――リーファ、見に来ただけだ」
「……リーファ?」
エルシェはしげしげとラテルを見て、思った。
そういえば、最初の時も――初めて会った時も、何だかんだでリーファに会いに行こうとしていたのだ、ラテルは。
「――悪いか!」
エルシェの視線に、ラテルが居心地悪げに怒鳴る。
ううん、と、エルシェはにこりと笑った。
ラテルのそういうところが大好きだ。
何だかんだで、不器用に弟妹のことを気にかけている。
「エルシェ―――!」
部屋に、クーリが飛び込んで来たのはその時だった。
<更新日 2001.12.09>
第五幕
「リーファが待ってるの、リーファが待ってるの。だから来て?」「え? あ、うん! リーファどこ!?」
エルシェの問いに、クーリはにこりと笑った。
「今夜は満月だから、クーリ、いっぱい魔法が使えるわ。最初の魔法よ」
言うが早いか、クーリは大きく、そのちんまりとした両腕を広げた。月光を仰ぐ。
「お月様ー! クーリ、エルシェをリーファのところに送るの〜☆」
様子を見ていたラテルが、がくりと壁に手を突いた。
エルシェの姿はものの見事に消えている。
「何だ、今のは! そんな魔法かあるか! ふざけるなっ」
「なによーっ! クーリ、ふざけてなんていないわ。だからお月様が聞いてくれるのよ。満月のクーリは無敵なんだから!」
何が無敵だ、と。
ラテルは黙ってクーリに降り注ぐ月光を、本で遮った。
「あっ」
途端にクーリの姿が消えて、また別のところにぱっと現れる。
「何するのっ」
「無敵が聞いて呆れるな」
クーリは大きく頬をふくらませ、ぷんぷんと怒った。
「こっちに出て来られるからいいんだもんっ」
ふんっと顔を背けるラテルにむうと怒りかけ、しかし、クーリはあっと声を漏らした。
「こうしてはいられないんだったわ。クーリ、頑張らなくちゃ!」
ぽんと消えてしまう。
取り残され、ラテルはひとりごちた。
「……ったく、誰の外伝なんだか……」
――ラテル、それだけは突っ込まないお約束、禁句よ!
第六幕
エルシェが飛ばされたのは、見覚えのある場所だった。「ここ……祈りの滝……?」
クーリはリーファが待っている、と言っていた。滝で?
エルシェはてくてく、音を頼りに滝へと向かった。
滝つぼのほとり、皓々と光をこぼす満月の下、確かに誰かが待っていた。
「…………リーファ?」
途惑いがちなエルシェの声に、人影が動いた。
「エルシェ!」
リーファは前に見たのとは違う、十七、八の青年の姿になっていた。
「どうしたの!? その格好、リーファなの!?」
「リーファだよ!」
リーファは真っ直ぐエルシェに駆け寄ると、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「きゃ」
リーファは心底嬉しそうにエルシェに笑いかけていた。
「クーリが、月の魔力で人の姿にしてくれたんだ。エルシェ……」
リーファはぐっと、力を込めてエルシェを抱きしめた。
「リーファ!? 苦し……」
「どこにも行かないで」
ふいの、吐露。
それがあまりに哀切で、エルシェはどきんとした。
胸が苦しい。痛い。
「エルシェはずっと……ずっとリーファが守る。リーファが、リーファだけの手で守りたいんだ。エルシェ……」
「……リー……ファ……?」
エルシェは途惑いがちにリーファを見た。
何だかひどくかっこいい。そんなリーファに強く抱きしめられて、実は、結構どきどきしている。
「エルシェのこと、誰にも渡したくない! そう思ったらいけない!? リーファがそう思ったら、エルシェは……エルシェは、いやなの!?」
「え……ええと……うんと……」
いやだ、なんてことはない。
リーファのことは好きだし。
でも、本当だった。ファルクの言った通り、リーファの思いはずっと真剣だった。
エルシェが思っていたより、リーファはずっと真剣で、深い思いを抱えていたのだ。あんまり真っ直ぐだから、無邪気だから、子供心だと侮っていた。
――どうしよう、多分、あたしの方が子供なんだ……。
こういう問いに、軽くうんと答えていいのか。いけない気がする。でも、急に問われても……。
「エルシェ……」
リーファが何ともつらそうな、痛みを映した瞳でエルシェを見た。澄みすぎた目は、何一つごまかせないのだ。痛みも、思いも、全て真っ直ぐに、見る者に向けてしまう。
――リーファ……。
急、ではなかったかもしれない。
リーファはいつだって、彼女を見ていた。
楽しそうにしていた。
血を流していたことすら、彼女ゆえだったのだ。
……。
応えたい。
応えてあげたい。
エルシェとて、命に代えても。
その覚悟を決めて、あの山に登ったのだ。
けれど……。
迷いを、エルシェは頭をふって振り切った。
今、澄んだリーファの瞳を綺麗だと思う。
「い……けなくない。あたし……」
ずっと一緒にいてあげても、いいかもしれない。
こんなに彼女を必要とする子は、他にいないのだから。リーファは、可愛いのだから。
「いいよ、リーファ。ずっと……一緒にいよう」
「エルシェ、ほんとに……!?」
リーファがぱっと顔を輝かせる。
エルシェも明るく笑った。
「うん、ほんとだよ。だからもう、泣かない! 尻尾もかじらない! 約束する!?」
「うん……!」
エルシェはにっこり笑って、改めてリーファを見た。
そっかあ。
リーファは大きくなると、こんなにかっこよくなるんだ……。
……あれ?
「クーリー!」
エルシェが呼ぶと、すぐにクーリが現れた。
「見てたわ、見てたわ、クーリ感動したの〜!」
ちんまいこぶしを握りしめて喜ぶクーリに、
「うん、それはいいんだけどね、いつでもリーファ、人の姿にできるのかな」
エルシェが尋ねると、クーリはぶんぶん、と首を横にふった。
「満月に、ここに来ないと無理。滝の力も借りてるのよ。でもクーリ、いつもはテューと一緒なの〜☆」
エルシェはしばらく考えていた。
「あたし、滝にお祈りする!」
「ええ!?」
エルシェはくるりとリーファに向き直ると、
「リーファ、人間になりたいって言ってたよね」
「う、うん……。でも、リーファが人間になったら、エルシェ、竜乗りじゃなくなっちゃうよ。困らない?」
エルシェはにっと笑った。
「えへへー、まっかせて! いい考えがあるんだ〜♪」
エルシェは「冷たい!」とひいひい言いながら滝に入って行き、ラヴェルを呼んだ。
ファルク辺りがいたら、きっと止めただろう。しかし、ここにいるメンバーに「軽はずみだ」とか「もっとよく考えてから」などと思う者はいなかった。
月明かりの滝の中、ラヴェルが幻想的なまでの神々しさで、そこに現れる。
昼間よりもずっと神秘的だった。
「ラヴェル様、リーファを昼の間は竜に、夜は人間にして下さい!」
エルシェの『お願い』に、クーリとリーファが感嘆の声を上げた。
「すごいわ、エルシェって頭いいっ!」
「ほんとだね、思いつかなかった!」
賞賛の声にエルシェは得意満面で、Vサインなどして見せた。
しかし、すぐラヴェルの試練に呑み込まれる。
あえかな光の中で、エルシェは、飛行中に日が落ちて、二人とも死んでしまう夢を見た。
悲鳴を上げて目が覚める、そんな感覚の直後、次の夢。
リーファが変身するところを目撃されて、化け物扱いされる夢を見た。
――なによねー、ふざけんな、よっ! そんな目でリーファを見るやつ、殴ってやる! あたしが化け物みたいに見られるのは、今に始まったことじゃないし――
リーファより素敵な人に求愛されるのに、リーファがいるから断るしかない夢。
――ああ、もったいない、もったいないーっ! でもしょうがないよね、あたしには可愛いリーファがいるんだもん。あたしってばもてもて♪――
……。
教訓。
前向きで楽観的、最強。へげ。
光の渦が収まると、ラヴェルの問いかけが、エルシェを現実に引き戻した。
――汝 かの者が昼の間は竜で、夜の間は人であることを 願うか――
エルシェは真っ直ぐラヴェルを見、考え込んだ。多くの夢を見た。完璧だと思っていたのに、不都合なことはあるものだ。
――願うか?――
ラヴェルが重ねて問う。エルシェは一つ頷くと、言った。
「リーファを、リーファが望む間だけ、人間にして下さい」
――……。――
かつて、『願いを叶えるか、取り下げるか』というラヴェルの問いに、変更で答えた者はいない。
――最初と違うな――
「……? いけませんか?」
ラヴェルは深々と息を吐いたようだった。
それから、ふっと苦笑した。
――良いよ――
まばゆい光が滝を、エルシェを、リーファを包み、後には月明かりの滝だけが、残された。
終幕
それからのことは、語るのも無粋という感じ。2人、結構楽しくやってます♪
ラテリシア「俺は?」
翌朝。
昨夜起きたことを、エルシェは当然のように仲間を集めて話した。
テューはまず驚いて、次には微笑ましげに笑った。いともたやすくラヴェルの試練を乗り越えたエルシェに、感嘆と敬意を表した笑み。
ファルクも素直に感心して、良かったとテューと一緒に笑った。
「――で? 人型にはなれるのか?」
不機嫌そうなラテルの言葉に、リーファがなれるぞ、とばかり変身すると、待ち構えたようにラテルがバキっとリーファを殴った。
「った! 何するんだ!!」
もちろん、今まで何度も殴っては、自分の方が痛かった分のお返しだ。
「何だあいつ!」
殴るだけ殴ってラテルが出て行くと、ファルクが苦笑して言った。
「エルシェのこと、譲ってやるってことじゃない? ラテルなりの譲り方だろ、あれ」
さて、どうでしょう。
<完 2001.12.15>
おしまい