賢者様の仲人事情【外伝】
サクリファイス 〜生贄の烙印〜
黒いマントに細身を包み、瞳を赤く光らせて、カトレアは薄く笑った。
手には一振りの短剣。
あの人を殺して、死ぬ。
*
いつも皇居を脱け出すものだから、その手のことには異常に慣れたカトレアだ。警備が厳重とは言いがたい神殿に侵入することなど、造作もなかった。
――セデス様――
血の気の失せた顔には、張り付いたような笑み。
――カトレアは、簡単にセデス様を殺せるんですよ……。本当は短剣だっていりません。一瞬で、貴方の息の根止められます。今なら “ 死 ” だって使えますもの。
信じていた。
大好きだった。
いつだって笑って迎えてくれて、優しくて、世界に闇しか見えない時には、必ず、手を引いてそこから連れ出してくれた。気が済むまで話を聞いてくれて、大丈夫だからと、どうすればいいのか教えてくれた。足りない時には、泣き止むまで、抱き締めていてくれたのに。
――カトレアは、転びそうになった時に支えて下さったこととか、カトレアの作ったまずいケーキを無理して食べて下さったこととか、くだらないことまで嬉しくて、覚えているんです――
けれど、皆、嘘だったのだ。
涙だけが溢れ、止まらなかった。幸せだった日々、信じてきた全てが偽りの、作り物だったのだと――
張り付いたような笑み。
赤く光る瞳。
セデスの寝室まで侵入すると、カトレアはそっと、その毛布に手をかけた。
――カトレアの瞳を見て下さい。セデス様、恐怖で気が狂ってしまわれるかもしれませんけれど――
鮮やかな緋に染まった死霊術師の瞳には、恐怖と狂気、最後には死すら、見た者に与える力があるのだ。
セデスを起こそうとして、カトレアはびくりとした。
彼は眠っていなかった。
「……セデス様!? セデス様!」
小さな明かりを灯し、カトレアは両手で口許を覆った。
「セデス様!」
「……カト……レア……?」
セデスは朦朧(もうろう)とした意識の中で、その声を聞いた。聞こえるはずのない声を。
「セデス様、どうなさったのですか! こんな……!!」
何度も血を吐いたのか、寝台は血まみれで、セデスの身は小刻みに震えていて、いつ死んでもおかしくないほど衰弱していた。
「カトレア……カトレア……愛して……」
うわごとのようにつぶやくセデスを揺り動かした。
「セデス様!」
落ちた涙に、触れた小さな手の平に、セデスもハっと、夢ではないと気付いたようだった。
「カ…トレア……? カトレア、君、どうし……たの! 目が、目が赤い。どうして……」
起きられるはずがないのに起きて、次には苦しげに胸を押さえて、セデスは血を吐いた。
「カトレア、どうしてここに……!」
彼女は目に涙を溜めて首を横にふった。
「セ、セデス様を殺しに来ました。でも、でもどうしてこんな――カトレアが何もしないうちから、死んでしまいそうなんですか!?」
セデスが息を呑む。
カトレアはただ、赤い瞳のままでセデスを見た。涙だけが零れた。
「カトレア様、セデス様からですよ」
「まあ、何ですか?」
その日の午後。
届いたのは菓子の包みで、会ってあげられなくてごめんねと添えられていた。
これはご挨拶だから、皆さんで食べて下さいと。
「セデス様ったらカトレアを5日も放っておいて、お菓子でごまかせると思ったら大間違いですっ」
むうと愛らしい眉をひそめてそう言った後、カトレアはぽんと手を打った。
「ねえ、リーナ。カトレア、いいことを思いつきました。カトレアは、セデス様がキスして下さらないと許さないことにしますね! 5日も放っておかれたんですから、このくらい当然です♪」
『続き』が待ち遠しくて、我慢がままならなかったカトレア姫、強引な展開。
「あは、楽しみです。セデス様、きっとお困りになって、たくさん反省して下さいますよ。カトレアは頭がいいです、フラムス様もびっくりです!」
次にお会いするのが楽しみですと、自分の考えに大喜びのカトレア姫。ちなみにフラムスというのは、天才と名高い二代前のカムラの宰相。
「でも、このお菓子はご挨拶ですから、皆で頂いた方が良いのですよね。セデス様はカトレアのお婿さんになるんですから、お母様方への気配りは大切ですものね……。いいわ、リーナ、切ってお出しして。カトレアのお母様はどちら?」
「お庭の方に出られていますわ」
「それじゃあカトレア、お呼びしてきますね。カトレアの分とお母様の分は、こちらに取り置いて下さいね」
戻った彼女を待っていたのは、惨劇だった。
侍女が二番目に菓子を届けた部屋で、五人いる義母の一人が皇子と一緒にそれを食べ、血を吐いて倒れたのだ。カトレアはとっさにセデスに与えられたラスタードを使わせたが、遅かった。
皇子の方は一命を取り留めたが、その母妃の方は……。
あれは、誰だっただろう。混乱の中で、誰かが叫んでいた。皇帝に禁じられていた神殿からの贈与品を、なぜ自分の名前で出したのかと。貴方が殺したのだと。
――私が、殺した……?
実の母にも、セデスは最初から、このために彼女に近づいたのだと、どうして父親の言うことが聞けなかったのかと、涙ながらに責められた。
違う。
そんなはず――
まだ幼い異母弟が、冷たくなった母親にすがりついて泣いた声が、耳について離れなかった。一言も、彼女を責めることのなかった弟。おそらく、母親がどうして死んだのかすら、わからなかったに違いない。弟は、まだ3つ。あの子の大切な、大切な、愛してくれる母親だった。それだけだから。
それだけ――
その痛みを、知っていた。
彼女はきゅっと、セデスの服の袖を握り締めた。
「カトレア姫、なぜセデスが死の淵にいるか、知りたいか?」
聞き覚えのない、冷たい声が聞こえたのはその時だった。
「……スクルド様……?」
なぜここへと、何を言う気かと、セデスが身構えた。その視線の先に、2人を蔑む目で見る方術師が一人。
「ゼルダ皇帝が、呪いをかけたのだ。苦しみ抜いて死ぬようにと。――7日も前にな。もう、今夜のうちにも死ぬだろう。姫君――あなたが、セデスに思いを寄せたからだ」
「スクルド様!」
セデスが強い声で制した。一方、カトレアは息を呑み、まさかと、目を見開いた。
「嘘……嘘です! だって、じゃああれは……あのお菓子は誰が!」
冷たい男の薄笑みが、さらに冷酷に、卑劣に歪められた。
「あの菓子は私から、セデスを嬲り殺しにして下さった貴方への、ささやかな礼だ。お気に召されたか?」
カトレアが小刻みに身を震わせて、男を見る。
「姫、セデスの胸を開いて見るといい」
「っ!」
これにはセデスが抵抗し、させまいとしたが、カトレアの方が強引だった。
「ひっ」
カトレアが漏らした小さな声に、セデスはただ、こぶしを握り締めた。
見られたくなかった。
カトレアにだけは、見られたくなかった。
生きながら、腐りかけた肉体。
もはや正視に堪えない状態で、誰もが遠巻きにした。
カトレアにだけは、見られたくなかった。恐怖と嫌悪の目を、向けられたくなかった。
「ひ……どい……セデス様が何をしたんですか! どうして助けて下さらないんですか! ここは、ここは、神殿なのに!」
「皇帝が禁じたからだ。セデスを介抱した者は、死罪だとな」
「嘘……」
カトレアが顔を強張らせて、セデスを見る。
「……ほ、本当……に……?」
うつむいたまま、わずかに頷いて。
セデスには、彼の上衣をつかんだまま、離そうとしないカトレアが不思議だった。
呪いに侵された身は、おぞましいほどに醜い。
ここまできたら、もう、見放すのが当たり前だ。失うと、思ったのに……。
――涙が落ちた。
左手でセデスの上衣をつかんだまま、右手で顔を覆って、カトレアが泣いていた。
「カトレア……」
まだ、そばに……いてくれるの……?
「お願い……お願いです、セデス様、助けてくれる人を呼んで下さい! ここには、聖アンナだっているのでしょう!? お願いです、お叱りはカトレアが受けます、このままじゃ、セデス様が死んじゃう!!」
「カトレア――」
はっと、セデスは目を見開いた。
スクルドが、魔法で撃ち殺そうとするかのように、カトレアに向けて手を突き出すのを見たのだ。
「スクルド様、何を!」
ドンと、光弾が放たれた。
セデスは痛みも忘れ、夢中でカトレアを庇った。
その身を、柔らかな聖光が包み込み、方術を無効化した。
……これが、サクリファイスの力……?
しかし、驚いたのはセデスだけだ。スクルドはそれを目の当たりにしても、動揺すら見せずに短剣を抜き、振り上げた。
「カ、カトレアに手を出すな!」
セデスは聖印を切って割り込むと、よどみなく、知るはずのない呪文を唱えた。
「守護輪!」
驚いた。必要だと思えば、あらゆる方術の使い方がわかる。聖アンナが彼に与えた力の大きさに、今さらながら、セデスは戦慄した。
「――セデス様……セデス様、どうしてカトレアなんて庇うんですか! カトレアはセデス様を殺しに来たんです! カトレアは、カ、カトレアは、セデス様を苦しめに来たのに……っ」
震えるカトレアの声が、セデスの意識を引き戻した。
セデスは静かに彼女を振り向くと、穏やかに、彼女を安心させるように微笑んだ。
「違うよ、君はそんなことしない……君がそんなことをするとしたら、僕が、君を守れなかったからだ。――ごめんね……、カトレア……」
カトレアはくしゃっと顔を歪めると、ぼろぼろ涙をこぼした。
「僕は、君になら、殺されても構わない。だけど……僕には君が必要なんだ。だから、君がどんなに死を願っても、それだけは叶えてあげられない。どうしても死にたかったら、先に僕を殺して」
「だめ……だめです、そんなのだめですっ……セデス様、死んだらだめっ……うっ……」
カトレアの瞳から、鮮やかな赤が、狂気の赤が消えて、元の澄んだ鳶色に戻った。
セデスがいたわるように彼女の頬に手をかけると、カトレアは泣いてセデスの腕に飛び込んだ。
痛かったけれど、セデスは呻きもせずに、彼女を受け止めた。
愛しい。
震える小さな肩が、腕の中に収まった。
「――……っ……」
いくらも、経たない内だった。
呪詛に蝕まれた身中から、その副産物が込み上げて、セデスはあわててカトレアを離すと、穢れた血を吐いた。
「残念だったな、セデス。サクリファイスといえど、その身では闘えまい」
「セデス様!」
まずい、目が霞んで――
「カトレア姫、あなたはセデスを殺しに来た。あなたさえ、セデスを信じなかった。どういうことかわかるか」
ひたりと、一歩スクルドが踏み込んで来た。守護輪の効果が失われたのを確かめるように。
「あなたの義母君を殺したのも、あなた自身を殺したのもセデスとして、誰も疑わないということだ。その動機として十分な呪詛を、セデスは受けている」
セデスの手をぎゅっと握り締めたカトレアの瞳が、緋の光を宿し、スクルドを見た。
その方術師を殺そうとする、赤光。
「――カトレア、お願いだからその力を使わないで」
掠れる声でささやかれた言葉に、カトレアが小さく首を横にふり、セデスを見た。わからないと。
わからないのだ。死霊術の使い方も、止め方も。
それと悟ると、セデスは静かに彼女を背に庇い、厳しい目をして、スクルドに対した。
「スクルド様、それは許されない。そのようなこと、私が認めるとでも思うのですか」
ひどく冷たい瞳が、セデスに向けられた。
「セデス、おまえが先に死ぬ」
驚いて、聞いた言葉を疑って、セデスはスクルドを見た。
「サクリファイスだからと、その裏切りまで許されると思ったなら、甘いなセデス。おまえはサクリファイスでありながら、忌むべき死霊術師に魂を売った裏切り者だ。――死して償え!」
カっと目を見開いたスクルドが、床を蹴ってセデスに躍りかかった。呪詛に蝕まれ、抵抗すらままならないセデスを石の床に引きずり落とし、その心臓めがけて短剣を突き下ろす。
「だめえっ!!」
カトレアの絶叫が、夜気を引き裂いた。
*
セデスを刺し殺す直前で、スクルドは硬直したように、その動きを止めていた。
カトレアの悲鳴に半ばかき消され、おそらく、スクルドにしか聞こえなかった声がある。
「やめなさい、スクルド」
もう一度、同じ声がかけられた。それは――
真っ白な顔をして、小刻みに身を震わせながら、スクルドは振り向いた。
「……聖……アンナ……」
呻くような声が、漏れた。
――見限った、つもりだった。
彼は、聖アンナを裏切る覚悟で、ここにサクリファイスを殺しに来たのだ。そのはずが、なお、体が動かないなんて――
「……アンナ、私にはなくて、セデスには、サクリファイスの資格があると……?」
「――スクルド、貴方自身が望まなかった。貴方自身が、私を拒んだ。貴方には、人の過ちが、許せなかったのでしょう……」
「ええ、許しはしない――アンナ、貴方のことも――」
短剣を落としたスクルドが、その口許に諦めにも似た薄笑みを浮かべるのを、セデスは見た。
スクルドは落ちた短剣を拾い上げ、握り直すと、両手に構えた。
ドッ
深く、深く。
短剣が突き立てられた。
視界が鮮血の色に染まる。セデスの聖衣がみるみる真紅に染まる。
自らの胸に短剣を突き立て、スクルドは嘲笑していた。
「この命までは……誰の自由にも……させない……! セデスのような……呪詛を受けるのも……八つ裂きにされるのも……ごめんだな……!」
笑う。
もう何も、自由になどさせないと笑う。
「カトレア姫、ゼルダ皇帝に……伝言を……アリエルドの恨み……思い知れと……」
アリエルド共和国。
戦火の中に消えた国。カムラに見捨てられた国。
「スクルド……」
アンナがスっと膝を突き、その男の最期を看取った。
二言三言、アンナとスクルドが何か言葉を交わしたようだったけれど、セデスには聞き取れなかった。
ただ、その最期。
自身の胸に短剣を突き立てた時の形相からすれば、信じがたいほど安らかに、スクルドが目を閉じたのが印象的だった。
「姫、ショックでしょうけれど、今すぐに与えて欲しいものがあります。神殿に、セデスを癒す許可を。セデスはもう、このままでは朝まで生きられません」
心神喪失状態で、目を見開いてスクルドを見ていたカトレアが、アンナを見た。次に、セデスを見た。
「……て……癒して下さい……セデス様を助けて下さい……!」
言葉を紡ぐうちに、止まっていた涙が、思い出したように溢れ出し、カトレアの頬を濡らした。
「みんな、みんな、お父様がいけなかったんですか……!? お父様が、セデス様を殺そうとして、その人の国を滅ぼして、そ、そのせいでお義母様が殺されたんですか……!?」
壊れる寸前のような少女の問いに、アンナが静かに、かぶりをふった。
「――いいえ。悲しいことですが、セデスを殺めようとしたのは、皇帝ではなく神殿側です。ゼルダ皇帝はただの一度として、本気でセデスを殺めようとはしていません。そのことは、誰より、セデスが理解しています」
「……セデス……様が……?」
おそるおそるという風に、カトレアがセデスをうかがう。
「ほ、本当に……? セデス様、カトレアのお父様、嫌いじゃないですか……?」
「……うん」
セデスはこくりと頷いた。
「嫌いじゃないよ。カトレアのお父さんだしね――」
アンナの言葉は、本当はセデスにとってこそ、衝撃だったけれど。
皇帝に二度目に会った時から、薄々は感付いていたのだ。アンナの指摘に、セデスの中で、全てが符号していた。皇帝にとって、彼というのはわざわざ手を下すほどに大物ではなく、それは信じてきた司祭長たちにとっても、変わらなかったということなのだ。皇帝はただ、娘を守っていた。むしろ、何も知らなかった彼の無知が、カトレアを人殺しにしてしまった……。
それでも、セデスは彼自身意外なほど冷静に、その事実を受け止めていた。
それは最後まで、カトレアが彼を見捨てずにいてくれたから。
皇帝がなお、這い上がることはできる道を残してくれたから。
「……カトレア、必ず、償うから――。僕の全てを懸けても、償わせて欲しい。……だから――」
だから何ですかと、何を償うんですかと、一生懸命涙を拭いながら聞くカトレアに、セデスは答えなかった。
「セデス様……?」
目を閉じて、微動だにしないセデスに不安になったカトレアに、アンナが代わりに答えた。
「心配はいりません。この7日、セデスはほとんど眠っていなかったから――、気を失ったのでしょう」
確かに、よくよく見れば、セデスは昏睡しているようだった。
「アリエルド共和国の戦役は、まだ、ゼルダ皇帝が皇子だった頃のことです。前代の負の遺産とも呼ぶべきもので、ゼルダ皇帝が直接成した業ではないけれど、それでも、皇統を継ぐなら負っていかねばならないものです。カムラの歴史はとても残酷で――カムラ皇室は、多くの犠牲と恨みの上に立っているのです。――それでも」
カトレアは真っ直ぐに、アンナを見た。この不思議な人が、天使という存在。少ない言葉の中に、たくさん、たくさん、語りかけてくるものがある。セデスなら、この中からどれだけの意味を取り出せるのだろう。覚えておいて、後で聞いてみようと思った。
「皇帝は、絶望的に深かった皇室の業を、諦めることなく、随分と解消したのですよ。あなたの父君は、歴代皇帝の中で、誰よりも国に尽くしています」
「――本当……ですか?」
アンナが本当ですよと頷く。
「……」
カトレアは少し嬉しくなって、少しだけ笑った。アンナも少しだけ、微笑んでくれた。綺麗な人。
……? あれ?
あれ?
何だろう。今、何か――
カトレアは急に、何かわからないことが、ひどく心配になった。
「あの、アンナ様は……セデス様がお好きですか……?」
何だかどんどん、心配になってきていた。
今まで気にもしなかったのに、セデスがどんな顔でアンナのことを話していたかと思い出すと、胸がどきどきしてくるのだ。
不思議そうに彼女を見ていたアンナが、ふいに、くすくす笑った。
「もちろん、愛しく思っています。だけれど、貴方から取りはしないから、安心して下さいね。私にとってセデスは、子供のようなものだから。幸せになって欲しいと願っています」
「……。」
カトレアはまじまじとアンナを見て、澄んだ瞳に嘘がないのを見て取って、そうですねと笑った。
「アンナ様、セデス様と同じ瞳です。綺麗ですね。セデス様は、カトレアがお父様やお母様のことを話すのと、きっと同じ気持ちでアンナ様のことを話すんですね。――良かったです」
その時ちょうど、騒ぎを聞きつけたらしい神殿内の人々の気配が近づいてきた。
「姫、セデスを着替えさせて移すけれど、あなたはどうしたい? セデスについている? 一度帰るなら、私が送りましょう」
「――以前、カトレアがそばにいた方が、セデス様、早く良くなる気がするって、言って下さったんです。ついていたいです」
アンナは優しく笑うと、二人を駆けつけてきた者たちに預け、一人、部屋に残った。
そのアンナが静かにスクルドに黙祷を捧げるのを見て、カトレアはセデスも、それを殺そうとしたこの人も、アンナには同じように大切なんですねと、不思議な人なんですねと、思った。